ネットは新聞を殺すのか

青木日照 + 湯川鶴章 :NTT出版
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4757101104/ref=sr_aps_b_/250-2342216-4277024


日本広報学会発行の「広報研究 第8号」2004年3月発行に寄稿した書評を再録する。

                                          • -

インターネットの発展は、ビジネスのさまざまな局面に広範な影響を与え、一部の業界には、地殻変動といえるほどの変化をもたらしている。
例えば証券業界においては、個人投資家の8割近くがオンライン経由で取引するようになり、いち早くネット取引に特化した松井証券が急成長を遂げた。航空業界では、オンラインでのチケットレス販売が普及し、旅行代理店は、危機に直面している。
インターネットは同様の地殻変動を新聞業界にもたらすのだろうか。
著者は、テレビが登場したことでラジオの性格が変わったように新聞の役割は変化する。そして、インターネットの要素を新聞がいかに取り込み、止揚させるかが、新聞社にとっての生き残りの鍵になるだろうと考えている。
その視点から、現在進みつつある変革の萌芽を紹介しつつ、将来展望をレポートしたのが本書である。
著者の青木日照氏は永くNECにおいて国内、海外の広報の経験を積み、ITとメディアの状況に通じたエキスパートであり、もうひとりの著者湯川鶴章氏は、アメリカ留学の後、現地でジャーナリズムに身を投じ、ハイテク産業については黎明期からシリコンバレーを見つづけてきた時事通信社編集委員である。

本書は3部から構成されている。第一部では、個人が発信する情報サイトが、ネット最前線で成長を続ける事例を、多くのインタビューをおりまぜ描き出している。
個人が日記風に論評やコラムを書き綴る「ウェブログ」、2ちゃんねるに代表される「BBS=掲示板」、Eメールで配信される「メルマガ」がその中心だ。
第二部では一転して、日米の新聞社の努力と苦闘にスポットが当てられる。テレビをはじめとした異メディアとの融合や連携。ターゲットをニッチに絞り込んだウェブサイトの運営などさまざまなチャレンジが、オンラインメディアは収入に結びつきにくいという制約を乗り越え、行われている。
そして、第三部では、読むための電子機器の開発、より効果を高める広告システム、検索技術を基盤にコンテンツを自動的に生成する最新技術など、テクノロジーの変化の方向を描き出すことで、インターネット機能を取り込んだ、新聞の明日を予見してみせる。
全体として、インターネットおよびそこで情報発信する個人に背を向け、現状に甘んずる限り新聞に未来はないという警鐘となっている。
広報担当の立場からは、マスコミだけでなく、人気のあるウェブログなど個人ホームページを対象としたパブリシティ活動が必要であるとの読み替えも可能だろう。

私事の記述をお許し願えれば、朝刊をじっくり読む習慣が私からは失われたようだ。日経・朝日の重要ニュースは毎朝インターネットからPDA(携帯電子手帳)に取り込み、朝刊は見出しを眺めるにとどめる。会社ではヤフーのニュースサイトで最新情報をチェックし、日経テレコンのデータベースは、証券会社の無料サービスで、頻繁に活用している。いやはや、新聞ニュースへのアクセスは、ほとんどがネット経由だ。
アクセスしているのは新聞情報だけではない。個人も貴重な情報源になっている。長野県在住の匿名女性のウェブログ「K嬢の長野県政ウォッチング日記」。元共同通信記者の田中宇氏が国際政治情勢を解説するメールマガジン。元日経記者の森摂氏を中心にフリーのジャーナリストがレポートをアップしているユナイテッドフューチャープレス。そして、2ちゃんねるのニュース関連ボードなどの個人の発信情報が現時点でのお好みだ。
大メディアに属さない、フリージャーナリストや個人の発言は、虚実を判定するリテラシーさえ読者が備えれば、新聞よりはるかに豊富な情報とリアリティ、ユニークな視点を提供してくれるのだ。新聞が努力すべきは、個人発の情報を取り込むことだろう。
事実、2003年のイラク戦争開戦時、爆撃におびえる市民の息遣いとともに、バグダッドの状況をもっとも的確に伝え、新聞の情報ソースになっていたのは、「サラーム・パックス」を名乗る28歳のイラク人男性のウェブログ「Where is Read?」だったのだ。

ところで、本書の著者の一人湯川鶴章氏は、体験しなければ説得力がないとして、昨年末、実際にウェブログをスタートさせ、個人としての情報発信に乗り出した。トラックバックと呼ばれる引用技術を介し、テーマに興味があり、記事に賛同した人とのネットワークが、どんどん広がっているようだ。
この経験を踏まえ、やがて本書の続編として、体験的ネットワークジャーナリズム論が著されるのだろう。期待したい。