緊急シンポジウム
「ネットコンシューマリズムの衝撃
       ――インターネットは平成のラルフネーダーか――」

日時:平成11年8月2日(月)13:30〜16:00
場所:銀座ラフィナート 松風の間

 濱田 緊急のご案内にもかかわりませず、多数お申し込みをいただきましてありがとうございます。厚く御礼を申し上げます。
 本日、司会を務めさせていただきます日本PR協会の濱田でございます。よろしくお願いいたします。
 皆さん、ご案内のとおり、今回インターネットのなかでの異議申し立て、以前からあったわけですけれども、従来を上回る規模の大きなインパクトを社会に与えているわけでございます。おそらくこうした状況は後戻りすることなく、今後ともわれわれはインターネットでつながれた社会に生きているというのが現在の現実であろうと思います。しかしながら、こういう状況に企業、なかんずく広報がどう対応していくのかというと、実際にはこれといった定見があるとも思えないわけでございます。
 本日は私どもの協会といたしましても、このようなテーマでのシンポジウムを開催するのは初めてございますので、はたして、きょう何らかの結論が出るのか、あるいは問題提起にあたるだけかもしれないという気がいたしますが、お忙しいパネラーの方にもご参加いただきましたので、インターネットと企業広報の問題についてこの機会に考えてみようということでございます。
 東芝問題というのは非常に大きなインパクトを与えておりますが、インターネットのページなどで見ますと、どうもAKKYさんが7月22日に東芝の副社長さんとお会いになってから、AKKYさん自身は年に2回の忙しい時期に入られているということなので、ことによるときょうとか明日、また異議申し立てのご当人のAKKYさんと東芝さんサイドのお話がもたれるのかもしれない。この問題につきましてはそういうことで現在係争中でございまして、われわれも真実が何なのか、はっきりとつかみかねている部分もあるわけでございます。今回はそういう個別問題というよりも、今回提起された本質的な問題について考えてみたいということでございます。
 パネラーにつきましては後ほどご発言順にご紹介申し上げます。
 本日、こういう状況でございますので、テレビの取材が2社入っております。一つはNHKさんで、7時のニュースで紹介できないかということで取材に入ってくださいました。それから、CXさん、木村さんの「ニュースJAPAN」の絡みでございますが、これを契機にこの問題を考えようということで、取材のキックオフをされるということのようでございます。テレビカメラが入っておりますけれども、お気になさらずにお願いしたいと思います。
 また、CXさんのほうは、できれば帰りがけに何人かの方にお話を伺えればと言っておりますので、もしも取材に答えたくないというのであれば、そのまま無視して蹴飛ばしてお帰りいただければ結構だとCXさんのほうはおっしゃっています。蹴飛ばしがいのある方がいらっしゃっているようでございます(笑)。そういう状況でございますので、ひとつお含みおきをいただきたいと思います。
 「ネットコンシューマリズム」という言葉は今回のシンポジウムのためにつくった言葉でございます。しかしながら、ネットコンシューマリズムは非常に漠然としているわけでございまして、こうした問題を考えるために、現在係争中であるとはいえ、今回の問題をどういうお立場で、どういう関係でごらんになったのかというあたりからそれぞれのパネラーの方にお話をちょうだいできればありがたいと思います。
 冒頭にお話をちょうだいしますのは木村太郎さん。申すまでもありません。「ニュースJAPAN」のコメンテーター、コラムをされているわけですけれども、同時にNHK、CXというテレビの経験のほかに、例えば湘南ビーチFMというコミュニティFM放送のオーナーとして、どうもCXよりそちらのほうに力を入れているのではないかという声も一部にはあるわけでございます。そういうラジオメディア、それから湘南ビーチFMはインターネットでのラジオ放送は日本のラジオ局のなかでは一番早かった。今後サーバをアメリカにも置きたい等々で、かなりインターネットにのめり込んでいらっしゃる木村さん。そういうお立場とジャーナリストのお立場を踏まえまして、冒頭に木村さんから最初のコメントをお願いしたいと思います。
 木村 木村でございます。濱田さんからこういうパネルをやるから出てこい。私はむしろそちら側で取材をさせていただきたいほうの立場でございますが、ジャーナリストから見てどういう世界なのかというお話をすればいいのかなと考えております。
 私自身がこのAKKYさんのサイトを一番最初にのぞきましたのは6月の中ごろだったと思いますけれども、フジテレビの報道の仲間のなかで、「面白いサイトがあって、面白い音を出しているよ。聞いてごらん」というので聞きました。皆さん、お話があると思いますが、私はあの大声を出している人がAKKYさんで、「すみません」と言っている人が東芝の人かと思っていたんですが、それが逆だとわかった途端には、これはえらいことだなと思いました。
ただ、そのとき、それがニュースになるとは、私は少しも考えておりませんでした。これは、おそらく社会的に問題が広がるまえに、東芝さんが何らかの形で収拾なさるであろうし、AKKYさんとの話し合いのなかで解決できる問題ではないか。ただ、非常に興味は持っておりました。
その後、ウェブをのぞいていますと、いろいろなところに飛び火していって、非常に賑やかになってきた。それでも、私はニュースになるとは思っておりませんでしたが、7月に入って、一斉に日刊紙が書きはじめた。そのとき、私はうかつにも、「ああ、ついに出たな」と思って、もう一回のぞきました。アクセス数がそのときは確か 150万ぐらいだったと思いますが、ああ、もう 150万もいったんだ。月曜日に私は確かめもせずにコラムで取り上げまして、アクセス数が 150万と言ったんですが、そのときは 250万いっていたんですね。おまえはスタジオにパソコンを持ち込んでいるくせに、そんなことも見えないのかとさっそくメールをもらって、頭を抱えたということございましたが、それぐらいインパクトのある出来事だった。しかも、私どもジャーナリストからしても、事態は予想を超えた展開になっていったなと思います。
 濱田さんはそれをインターネットの時代の一つの現象としておとらえになっている。それは決して間違いではないのですが、私はそれが原因だとは思いません。一つの側面は基本的には企業の危機管理があって、それをひとつ間違いますと、とんでもないことなるという周辺環境がここへきて大きく変わってきた。それがインターネットだと考えております。
私は今回の事の良し悪し、善悪がどちらにあるかということは判断できませんが、ウェブサイトで読んだ経緯、それは東芝・AKKYさん両方ですけれども、非常に簡単なことではないかと思います。一つは、東芝がつくられたビデオデッキ、それほど値段は張らないものだと思いますけれども、それがS−VHSをかけるとノイズが出る。これが欠陥商品だったかどうか、私も判断できません。ただ、そういう現象があったのはどうも確かなようでございます。
 そういうものが出たときに、そのメーカーがその問題をどういうふうに処理するかということについてシステムがなかった。あるいは、その対応のなかで組織的に混乱というのは非常にいい言葉なんですが、そうではなくて混迷があったような気がします。それがコンシューマーに跳ね返っていった。それを受け取ったコンシューマーのほうがインターネットという道具を使って、そのクレームを増幅させることができる環境を自分でつくっていった。
 それが増幅していっているのに、東芝はまだそれに気づかなかった。つまり、危機管理が社内にあって、もう一つは外側の環境にインターネットという、これは久米さんと田中さんというお二人の専門家がいらっしゃるので、そちらからぜひお話を伺っていただきたいのですが、その両方に原因があった。私はむしろ危機管理のほうが大きかったのではないかと思いますけれども、結果として広がっていった。ただ、原因は社内の危機管理体制の問題であろうと私は考えております。
 では、危機管理とは何か。これは田中さんがご説明なさることだと思いますが、バカの一つ覚えということがございまして、くしくも東芝さんとは若干関係のある東芝機械事件が起きましたときに、やはり危機管理のパネルをこういう形でやったことがあります。そのときに元のニューズウィークの東京支局長のバーナード・クリッシャーというアメリカ人がたまたまパネラーで入っておりまして、彼が一言、危機管理は簡単だ。それはクイックリー・アンド・オネストリーだ。すばやく対応して正直に対応すれば、危機は最小限のダメージで防げる。それができないと、どんどん被害は広がっていくと言いまして、確かにそうだなと思います。
 今度の場合、見ていまして、東芝の対応は決してクイックリーではなかったと思います。クイックリーどころか、半年以上かかっているわけです。それから、オネストリーだったか。私はそこのところは判断しかねているところです。私自身が判断できない立場ですけれども、少なくともAKKYさんのホームページを見ている限りでは、オネストリーに対応したとは思えない。組織の論理というものがコンシューマーに対して向きだしに出てきてしまったということではないかと思います。そういう危機管理ができないと、インターネット環境という恐ろしい環境が企業の周りにあって、そういう失敗が増幅されて企業側に跳ね返ってくる。そういう時代になったのかなと、私は今度の事件をそういうふうに理解しております。
 濱田 はい、わかりました。
 2番目のパネラーとしてお話を伺いますのは久米信行さんでいらっしゃいます。久米さんは久米繊維グループ、t−galaxy.comのオーナーでいらっしゃいます。インターネットに詳しい方はもしかするとご存じかもしれません。kume mailというものが4〜5年前から出ております。インターネットの世界ではいまメールマガジンがたいへん盛況でございまして、いろいろなテーマによるメールを申し込めば、毎朝自分のメールボックスに届けてくれるというサービスです。そういうメールマガジン・システムがちゃんと完成する前から、kumeメールというメールを、当時は参加者の方のアドレスごとに同報で送っていたメールをお出しになっていらっしゃいました。
 その中身は何かといいますと、経営学のさまざまな知見とインターネット技術のさまざまな知見とIT技術のさまざまな知見とをクロスさせたところで、一番ホットな話題を送ってきてくれるというのがkume mailでございます。その内容、読者層、頻度とも、私個人は最高水準にあると思っております。ご本業はTシャツの会社を経営されていらっしゃるということで、このなかにもティーシャツ・ギャラクシーのパンフレットも同封しておりますので、Tシャツ等ご製造の折にはぜひメールで一声おかけいただければありがたいと思っております。
 kume mailは内容がたいへん充実しているということで、日経BP社の日経ベンチャーがkume mailをスポンサードされまして、現在日経ベンチャーのホームページから発信されている。あるいは、ティーシャツ・ギャラクシーのページはすべてウェブだということで、日本経済新聞社賞という賞もお取りになっているということで、たいへんなインターネットの手だれでございます。
 では、久米さん、お願いします。
 久米 過分なご紹介をいただきました久米繊維の久米でございます。実体は下町のTシャツメーカーの三代目でございます。先ほど名簿をいただきましたら、Tシャツをたくさんつくっていただいたお客様がたくさんいらっしゃいますので、この場を借りてお礼を言わせていただきます。ありがとうございます。
 皆様お馴染みのところですと、広報関係では日テレさんの24時間テレビのTシャツは20年来つくっております。
本日、私がここに呼ばれたのはネット上で三つの顔を持っているからだと思っております。一つは、当たり前ですが中小企業の経営者でございます。それもメーカーでございまして、基本的にお客様、エンドユーザーと対話するのが苦手、下手という企業の経営者でございます。4〜5年前からインターネットでホームページを立ち上げたり、ニフティでお店を立ち上げたりということで、矢面に立たされて怖い思いを何度もしているという立場できょうは参加させていただきます。
 2番目は、私は元証券会社に勤めていたのですが、やはりどうしても個人投資家向けのニュートラルな誠実な情報が提供されていないと感じていましたので、半ばボランティアなんですが、FP総研という会社をつくっております。これはいわば生活者団体代表みたいなものです。インターネットのなかにある数ある情報を整理して、個人投資家のためにうまく経営も兼ねて無料メールを発信する。あるいは、ニフティの株式貯蓄ステーションというものを運用しておりまして、要は金融機関にだまされないためにどうしようかとみんなでワイワイガヤガヤやっているわけです。今度の東芝事件と似ていますけれども、金融機関の方も参加されていまして、本音で情報交換をしています。いかに金融機関が評判が悪かったということを改めて痛感しているわけでございます。そういうネットで生活者団体というものをやっております。
 三つ目は、濱田様からご紹介いただきましたように、メールネットワークのモデレーターのようなものをやっております。とはいえ、これはもともとネットワークで知り合ったウェブマスターとか経営者、あるいはマスコミ、大学教授の方で交換している内輪のメールでございまして、今回のような怖いことにはならないわけでございます。とはいえ、ニフティでシスオペをやられている人と同じように、ネットワークでどういう議論が暴走しやすいか、喧嘩になりやすいかということは踏まえているつもりでございまして、その仲裁役をやっております。
 さて、その三つの立場で今回の東芝事件を私が知ったのは6月17日でございました。デジタルメディア研究所の橘川さんという尊敬する方からメールが来まして、面白いから見てごらんなさいということがきっかけでございました。見た瞬間、やはり三つの顔それぞれで別の反応をしたわけでございます。一つは、経営者からすると、わあ、怖い、背筋がぞっとすると思いました。そして、過去、何度も何度ももらった血も凍るメールを思い出しました。いろいろな対応をしてきたわけですけれども、この手のことがどんどん広がるなという印象を受けました。
次のFP総研をやっている顔から見ますと、なかばよくぞやってくれたという気持ちもあったわけです。大きな企業に対しても、一人の生活者が発言の仕方では対等までいかないにしても、ある意味で権利行使もできるのだなということをむしろ学習したという一面もございます。
 三つ目が、ネットの裁定者、ある意味、生活者と企業のあいだに立って中立的に判断する立場から見たら、これはニフティでは結構よくある話だなと思いました。ですから、木村様がおっしゃったように、当初はこんなに大きな話になるとは思わなかったわけです。「よくこういうことを掲示板に書く人、いるよな」ぐらいの話でございました。
 ところが、それを先ほどご案内の?エンジンkume mailに載せて、18日に流したんです。そうしたら、予想外の反響があって驚いたわけです。どのような反響あったかというと、まず一つびっくりしたのは、共感メールが多かったことです。私のメールは比較的年齢層も上ですし、ビジネスでしかるべきポジションにいらっしゃる方が多いのですが、そういう方でも、あのメールを読んで、あの声を聞いた瞬間に一生活者に立ち戻ってしまったわけです。それで頭にきたことがあるということをふっと思い浮かべて、メールにしたためて送ってくるというのが多かったのでびっくりしたわけです。これは共感が共感を呼ぶ世界だなということを再認識しました。
もう一つは、そのメールの中身を見ますと、いろいろな知恵、議論がたくさん入っておりまして、こうすればこんなことにならなかったのかな、残念だなということが山ほど送られてまいりました。それ以後も、参加しているメーリングリストでもこの議論は格好のタネでございますから、どんどん発展していったわけです。そして、驚いたのは、マスコミの情報よりもはるかに速く、この情報の全部ではないでしょうけれども、大部分が見えてしまって、いまも報道されている裏のところもかなりわかってしまったというところがあるわけです。これは怖いことでありますけれども、裏返してみれば、皆様のような広報の方でしたら、早いうちにその問題の本質と解決策を多く、広いところから集めることもできるということを示していると思います。
具体的な話は次のテーマでお話ししますけれども、私のメールでこのテーマについて4回ご案内しました。その翌日には、まず最初に、そういうサイトはたくさんあるんだということを皆さんが教えてくれたものを紹介しました。
 例えば、商品故障修理顛末記というホームページがあるよとか、スカイライン信者の人は、スカイラインについてこういうクレームをしたよというクレームホームページがあるということを数多く教えていただきました。
 その次にはIBMの旅行運輸のウェブマスターをやられている岡本さんという方は、英国航空でこんなクレーム対応システムをやっているという話を教えてくれました。要は、そのクレームに応じて、ネクスト・トゥ・ドウをうまく切り分けてくれるようなシステムがもうすでにあるという話を教えてくれました。
 そのあと知り合ったニフティサーブの心理学フォーラムという黒岩さんというマネジャーからは、ネット上はこういうことがあるよねということで、それを心理学の面から分析されたものと、逐一どういう形でこれが広がっていったか。悪徳商法マニアックスから始まって、どんどん広まる経緯を教えくださいました。そして、ネットワーカーの心得みたいなものを教えていただきました。
 そして、最後に、一番最近紹介したのは経営コンサルタントのオオタさんの文ですけれども、四つの局面です。一つは製品不良という、先ほど木村様がお話になったこと。あとは、これもお話になったお客様とサービスセンターの連携の話。三つ目は、もっと本質的な話ですけれども、企業倫理の話です。そして、最後に危機管理の話ということで切り分けて、この方も整理されてメールで発信されているわけです。
 ここもかなり緊急のシンポジウムということで濱田さんが企画されましたけれども、これを企画されるまえに、ある意味で半ば議論は終わってしまっている(笑)。そういう非常に不思議な現象なんですけれども、中身についてはこれから具体的にお話しさせていただきます。
 そして、今後の展望についてだけ最初に結論めいたことをお話ししますと、やはり過渡期の現象だという気がしております。そのマッチポンプになったデジタルメディア研究所の橘川さんのお話でも、もっとこういう事件が続発して、みんなが慣れるか飽きるかしないと、本質的には終わらないかもしれないとおっしゃっていますけれども、同感する部分がございます。要は、経営サイド、企業側がこれでだいぶ学習されて、危機管理システムをいまよりも強固にされるでしょうし、コミュニケーションもよくされるでしょう。これでそういう火種が少しずつ少なくなると思います。
 あとは、生活者も学習するわけです。今回騒いだ人を見ていると、ネットワーク初心者に近い人も多かったわけです。ニフティでもともとシスオペをやられているような方に話をすると、「あっ、よくある話だね」ということで、皆さん冷静に対処して、どっちもどっちじゃないかというスタンスに立たれる場合が多いわけです。これが全部とは言いませんけれども、生活者が、インターネットというのは嘘も本当も玉石混淆の世界であるということをわかったうえで判断できようになってくると思います。
 それから、三つ目は、きょういらっしゃっているマスコミの方でございますけれども、やはりいま面白いからこういう形で記事にも出ますし、それが火をつけてインターネットのアクセスが増えるということはありますけれども、いずれ、これはどこでもある話の一つで、よほど極端な事例でない限り報道されないということになるのではないかと思います。5年、10年すると、昔話のようになってしまうかもしれませんが、これからお話しするようなことを危機管理で踏まえていけば、そんなに問題ではないのではないかと考えております。
 濱田 それでは、3番目のパネラーとしてお願いいたしましたのは、もうすでに皆様、特にPR協会の会員の方はご存じの田中正博さんです。電通パブリックリレーションズ専務でいらっしゃいまして、企業の危機管理広報では現在この方おいてほかに人がいないだろうという存在でございます。事実、そういう理論的な面のみならず、具体的な産業でさまざまなコンサルティングをされたという場数についても群を抜いている存在でございます。
では、田中さん、冒頭にひとつお願いいたします。
 田中 私のスタンスは、実際東芝さんから依頼を受けた場合どうしただろうというところからスタートします。木村さんも冒頭に危機管理ということをおっしゃいましたけれども、危機管理にはifということはないんです。もしあのときにこうしたらということは、当事者でなければわからない。したがって、学習はできるけれども、それは非常に現実性が薄いわけで、何を学ぶかということは皆さんそれぞれに、いろいろな立場でいろいろなケースからいろいろなことを学べるかと思います。
「ネットコンシューマリズム」という非常に強烈なインパクトのあるキーワードになる言葉を濱田さんが提示されたのですが、ネットコンシューマリズムと言われて、なるほど、そうだなと思いまして、ネットコンシューマリズムを生んだ社会的な三つの背景を私はすぐ思い浮かべました。時代的背景と言ってもいいでしょうし、社会的背景と言ってもいいと思います。
一つは、私どもが5〜6年以上まえから盛んにメッセージを伝えてきたのですが、「スジ論クレーマー」の登場であります。その筋の人という意味ではありません(笑)。きちんと物事を論理的に、そして自分なりの問題意識あるいは解決策をしっかりと秘めて、企業側にきちんともの申してくる立派なクレーマーであります。私どものいままでの経験では、この手のスジ論クレーマーはいろいろな業界で日常的に出ております。このスジ論クレーマーの存在は決して危惧することでもなければ、排除すべきことでもありません。結果的に、企業はそれによって非常にいろいろなことが学べ取れるという意味で、スジ論クレーマーの登場は決して悪いことではなくて、これは時代のなせる技であります。
 このスジ論クレーマーの特性はいくつかありますが、今回の問題についても当然のことながらほとんど合致します。それから、スジ論クレーマーというのは実は企業側との関係によって生じるということもありますから、両方の問題があります。各論は先にするとして、スジ論クレーマーが登場したということが第1の要件です。これは数年前から現象としてありました。
 第2の背景が、企業側がまったく対応未経験のメディアがいきなり登場してきた。これがインターネットであります。インターネットそのものは数年前から現実的に登場していたのですが、こういう形で企業のまえに出現したのはほんのここ数年、あるいは1、2年ではないでしょうか。もっと具体的な今回のケースがいきなり出てきたと思います。対応未経験のメディアの登場ということは、非常に難しさをはらんでおります。
 皆さん方も実際自分だったらどうだったかと考えればすぐおわかりのように、対応未経験のメディアの特性は五つあると思います。一つは、個からマスへいきなり情報発信力を持つようになった。ご存じのように、新聞やテレビはマスからマスへの情報伝達であります。それから、マスから個への情報伝達はラジオです。最近のラジオはパーソナルコミュニケーション・ツールとしての機能をはたします。それから、個から個へ。電話やEメールがそうであります。ところが、個からマスヘ、これがインターネットの特性でありますが、個からマスへの情報発信がこういう形でいきなり企業に突きつけられてきた。直面せざるを得なくなった。これが対応未経験のメディアの登場の第1の特性です。
 2番目は、ある特定の問題がものすごく加速度的、集中的に増殖してくる。これは今回の件に限らず、インターネット情報のサイトでよく見られる現象です。
 3番目は、いま久米さんからも玉石混淆というお話がありましたが、情報の信義の検証がほとんど不能であるというところです。これがのちほど申したいのですが、一般のマスメディアの機能と本質的に違うところであります。
 4番目は、顔が見えない匿名性であります。
 そして、5番目が肉声で伝わる説得力であります。いままでの企業の広報担当あるいはわれわれですら、実際のトラブルあるいはクレームの問題で経験しなかったメディアが出てきたということでありまして、これについては残念ながら、どんな企業でもまだ対応の経験、ノウハウをお持ちではないでしょう。そういう意味で、未経験のメディアが登場するということに、われわれ企業がいやおうなしに直面した。
 三つ目が、マスメディアが新たな情報源としてインターネットに注目するようになった。新たな情報源になってきたということです。インターネットそのものは個から個に実際はやられているはずですが、マスメディアがインターネットのサイトにアクセスし、その情報を取材し、報道することによって、一挙にマスからマスへの局面に発展します。つまり、ネットメディアそのものは決して報道機関ではないのですが、マスメディアがネット情報にアクセスし、それを報道することによって、メディアとの連動で報道機関的な役割を一気に果たすようになってきたという問題です。
 インターネット情報と報道機関との差は決定的なものがありまして、木村さんというプロを前にしてあれですが、マスメディアは報道機関としての機能がある。事象について広く社会に伝える。これは当然の第1の機能でありますが、二つ目は言論機能であります。世の中に対して批判、忠告、提言する。そういう言論機能を持っている。三つ目が検証機能です。事象について分析し、あれは一体どうであったかと検証する。この検証機能がマスメディアの持つ三つ目の機能であると思います。そして、四つ目がデータベースに対する記録機能であります。この検証機能がインターネット情報ではなされないままにいろいろな情報が流れる。マスメディアの取材がそこにアクセスして、それが報道されることによって、もし検証という部分がなければ、企業側にとりましては非常に混乱することになるなと思います。この怖さを実は感じました。
 ネットコンシューマリズムは1番目のスジ論クレーマーの登場、2番目の対応未経験のメディアの登場、3番目のマスメディアの新たな情報源の登場、これが組み合わさって、いままでまったく未経験の局面に企業が直面する。これは非常に難しいということで、実はこんな緊急のパネルディスカッションというか、本当はディスカッションを皆さん方と一緒にやらなければ、とてもではないがわからないというのが私の率直な気持ちです。
 濱田 ありがとうございます。いま3人の方からキーノートのご発言をちょうだいしたわけでございますが、こちらに並んでいるサイドには、そういう大企業のウェブの担当者で、日々攻撃にさらされているパネラーがおりません。もちろん、久米さんは日々身を切られるようなところに置かれているわけですが、ご参加の方で、こういう体験があるんだ、あるいはこの問題はどうなんだということがございましたら、途中であっても挙手をいただきましてご発言いただければありがたいと思っております。こちらサイドではなくて、客席のほうでもご発言があればぜひお願いしたいと思います。
 冒頭に伺っておきたいのですが、このなかで実際にAKKYさんのホームページの音声をお聞きになった方はどのぐらいいらっしゃいますか。挙手いただけますか。
 はい、ありがとうございます。だいたい3割ぐらいという感じでした。
 それでは、そのあたりの問題も細かにお話しいただいたほうがよろしいかもしれません。さまざまなかなり広い論点をお三人からお話しいただきました。そのなかで田中さんがお話になりました未経験のマスメディアというなかで、個からマスへの回路なんだ、あるいは増殖していくんだというお話がございましたが、これは木村さんからも、本質は内なる危機管理であるけれども、外なる危機管理としての増殖が見えていなかったのではないかというお話がございました。
 久米さん、黒岩さんのところにあったのでしょうか、広まる経緯ですね。木村さんも久米さんもこんなに大きくなるとは思わなかったという皆さん方の予想が裏切られた理由は何で、どういうプロセスがあったのか。ちょっとお話しいただけますか。
 久米 黒岩さんのところに詳しく書いてあるので、メールで見ていただきたいのですが、まず最初になじみのあるニフティなどの会議室でいろいろ書き込みをしたらしいのですが、ニフティはご存じのようにシスオペの権限が非常に強いので、あまり個別の攻撃はシスオペの権限で削除したりすることがあったらしいです。そういうわけで、自分の意見を言うのにはどこかいいところがないかということで、どうやらインターネットのホームページだったらそれが簡単にできるらしいということで、6月の初めに立ち上げたらしいんです。
 きっかけはやはりオンラインコミュニティなんです。ご存じだと思いますが、悪徳商法マニアックスというのがありまして、その手の人たちが集まって、あそこがまたひどいことをやったぞと言って楽しむサイトなんですが、そこの掲示板に、こういうものができましたから見てくださいということで書いたわけです。そして、書いたら、それを見た人が、これは大変だと思ったのでしょうね。これは大変だからどうしたらいいだろうか。その人たちがどう思うかというと、みんなにまず知らせることがと思うわけです。これを黒岩さんは転載屋さんと言っていますけれども、自分の同報メールアドレスが何十かずつあるわけです。そういうところで「こういうものがあるから見てごらん」と伝えます。そうすると、その友達にもまた同報リストがあるわけですから、また「見てごらん」というふうにやっていく。そういう形でマルチレベルマーケティングのように広がっていくということもございます。
 あと掲示板です。ヤフーの掲示板が今回は非常に重要な役割をはたしたと言われていますが、そこを見ると、その話でどんどん盛り上がっていくわけです。
 さらに私がすごいなと思いましたのは、ヤフーが、これはどうもアクセスが多いぞ、検索も多いぞということで特集コーナーをつくりはじめたわけです。なぜ特集コーナーがつくれるかというと、その支援者のなかで支援サイトをつくった人がいるわけです。AKKYさんのホームページをごらんになった方はご存じだと思いますが、文字だらけで、ちょっとわかりづらいところもあるんです。これをうまく時系列に整理してちゃんと並べる人がいたり、そのやりとりをそのままコピーして、いざとなったらそのサイトが消されても大丈夫なようにバックアップを勝手にみんながつくりはじめたりするわけです。そして、支援した人は転載していくわ、転載屋さん自身が掲示板に書き込んだりということで広がっていったわけです。
 2週間ぐらいしたころに私たちのところにも来たわけです。木村さんも2週間ぐらいしてからというお話でした。そのころ普通のネットワーカーがキャッチする段階になりました。それまではマニアの世界だったわけです。2週間後に普通のネットワーカー、ビジネスネットワーカーがキャッチしまして、マスコミの早い人がキャッチしましたから、これはどうしようかという話になったわけです。マスコミとしてはやはり扱いづらいテーマでもございますから、どうしようかと見ていたわけです。今回はアクセスカウンターがキーポイントでございました。どんどん増えてくるということは、これはやはり報道するべきではないかというほうに、取材する側の人の気持ちが動いていったのでしょう。そして、どこかが堰を切るのを待っていたのでしょうけれども、どこか1社がどこかのジャンルで切るごとにパッと広がっていった。そして、見なくてもいい人まで見るという状況になったわけです。
 濱田 今朝 750万を超えていますから、「少年ジャンプ」の部数はかなり超えました(笑)。
 久米 繰り返し見ているマニアがいますのでね。延べでございますので。
 濱田 私もそのなかに入ります(笑)。
 久米 でも、最初の私のメールに書いてあるんですけれども、18日の2週間ぐらいのころは、まだ20万あるかないかというアクセスでしたから、いかに2次曲線、3次曲線のような形で増えていったかというのがわかります。
 濱田 木村さん、これはどうなんでしょうか。なぜ増幅したのでしょうか。あるいは、どの企業に対するクレームは何でもかんでも増幅するものなのでしょうか。
 木村 今度の一番のカギは、リアルオーディオというソフトを使ったことだと思います。つまり、電話を録音した。このごろ電話は携帯でも録音できます。ただ、それを紙の上の字にしていたのでは、これまでのクレーマーといいますか、悪徳商法のあれと大して違わないわけです。これはかなりちゃんと読んでいかないと腹がたたない。ところが、リアルオーディオに乗せますと、お聞きになった方はおわかりと思いますが、「これはひどいわ」というのが最初の10秒ぐらいで出てきてしまう。それが実はインターネット上で簡単に配信ができるようになった。
私も知りませんで、あのサーバーはどこに置いてあるのかと聞いたら、ニフティは会員のために何メガまでの音声サーバーを置かせてくれるそうですから、これはちょっとやり方を覚えれば、すぐああいう音声の再生のスイッチを自分のサイトにつくることができる。昔は本当に濱田さんと苦労して、リアルオーディオをエンコードするのはたいへんだったんですが、最近はそういうことがなくなったみたいで、簡単にだれもが情報の発信者であると同時に、ラジオの発信ぐらいできるようになった。まもなく、間違いなくテレビの発信者になれるだろうと思います。絵付きで出せるようになると思います。そうすると、ここがこんなにおかしかったというのが、もしかしたら動く映像で簡単に出せるようになるかもしれない。一つは、聞くことと見ることによって、人の感性に訴えて物事を理解させることができる。
それと同時にもっと大事なのはクレジビリティなんです。これは田中さんがおっしゃったようにインターネット上の情報は個からマスへということがありました。それから、1次情報としてマスメディアがそれを使うようになった。ところが、マスメディアは無差別に採用して、ただ面白いからではない。クレジビリティがないと情報にならないんです。どんな面白い話で、どんなけしからん話を書こうと、見ている人はこれはいい加減な話だな、これは本当の話だなと直観的にかぎ分ける能力はあるはずです。
マスメディア、例えばNHKであるとか、フジテレビであるとか、朝日新聞であるとか、長年積み重ねてきて、ここに書いてあることは少なくとも嘘ではないだろう。かなり確度の高いところが客観的な情報だろうというから、皆さん、信用して、お金を払って新聞を買っているのであり、受信料を払っているのであり、CM付きの放送を見ているわけです。ところが、何もクレジビリティのない情報はどうして信用するのか。発信者がクレジビリティをつくらなければいけない。ところが、リアルオーディオを使うことによって、東芝という大メーカーの担当者が肉声で、このAKKYさんにクレジビリティを与えてしまったんです。こんなひどいことをされたということを、大メーカーのクレジビリティ付きで出てしまった。これがリアルオーディオが持っていたすごい力なんです。今度のカギはリアルオーディオにあると思っています(笑)。
 濱田 リアルオーディオというのは、インターネットで音声を発信するためのソフトウェアということでございます。
音でメーカーにクレジビリティを与えたという話がございましたが、もう一つ、音絡みでいうと、インターネットというのは極めて感情的、情緒的メディアであって、あまり理屈の世界というよりも、感覚を揺すぶるほうが強いんだというような性格があるような気がします。テレビなどの場合は、言っている内容は聞かないで、しゃべっている人のネクタイを見るんだよみたいなメディア特性があるわけですが、インターネットもそういう感情的なものほど伝わりやすいというメディア特性があるような気がするのですが、このへんについてどなたか。
木村 それはインターネットに限らず、文字情報より音声情報を伴ったほうが説得力がありますし、動画を伴ったほうがはるかに説得力が伴ってきます。これはインターネットに限らずということではないかと思います。
3分の1ぐらいの方しかお聞きになっておられないというのは若干ショックだったのですが、それにとどまらず、実はこれはパロディの歌があるんですよ。もう七つぐらいあがっていまして、たいへんよくできております。濱田さん、これはお聞かせしないといけないですよ。
 濱田 これはよっぽど考えたんですが、いや、やめましょう、ここではと言われたんですけれども(笑)。
木村 しかし、それはもう元の情報を離れて、パロディの歌がインターネット上を走り回って、いま一番有名なMP3でだれでもこれをダウンロードしてきて聞くことができる。それをまたメールへくっつけて、世界中へ送ってみんな喜んでいる。そういう増殖力は文字情報だけなら絶対にあり得ないことです。文字をベースとして送っても、ああ、何か来たと捨ててしまいますけれども、添付で音がついていた。聞いてみた。面白い歌だとそのまま添付して次に送ってしまう。これはネズミ算でバーッとそういう情報が増えていきます。そのカギは感性に訴えることがインターネットでできるようになったということだと思います。
 濱田 いまお二方からお話が出まして屋上屋になるかもしれませんけれども、少し整理しますと、最初にAKKYさんがオープンしたのは、一般的にはホームページと呼ばれたりウェブと言われているわけですけれども、実際に発信一方のサイトなんです。AKKYさんの主張がホームページとして出ている。もう一方では、先ほど来お話がございました悪徳マニアックスとかいくつか名前が出ておりましたが、いわゆる掲示板システムというものがインターネットのなかにあるわけでございます。自分が何かを書き込んで、ボタンを押すと、それが出てくる。順番に順番にいろいろな人が書き込んで、それがメッセージの連鎖としてホームページを構成していく。駅にある掲示板みたいなものです。そういうシステムがございまして、これが話題を大きくする一つの中核になりました。
したがって、話題になっている、きょうの段階で 750万アクセスあったご本家のAKKYさんのホームページだけを見ていたのでは、この問題の本質はわかりません。ホームページを見た人がその掲示板、言ってみれば井戸端会議です。その井戸端会議で、これはああだ、これはこうだ、ビデオはどうなっているんだ、あのオヤジはどこの出身なんだ、あることないことを噂も含めて書き込むのです。そうすると、そこの井戸端会議を見た人が、またAKKYさんのページに行って改めて見るわけです。そうすると、またそこでカウンターがカチャと上がるわけです。そういう具合にやっているうちに、発信一方の別のホームページも現れてくる。そのなかでも説得力があったのは、インターネット弁護士協議会というところが、全3度にわたって弁護士さんとしての見解を発信するというところもございます。そうすると、今度は掲示板のほうもどんどん増殖しました。
実は、途中で、NEWS23で筑紫さんがコメントしたことがかなり話題を呼びまして、いまやアンチ東芝のほかに、アンチ筑紫哲也掲示板というものができておりまして、これもすごく人気を呼んでおります。
エトセトラ、エトセトラ、エトセトラで考えますと、さっきも久米さんからご紹介がありましたけれども、例えばスカイラインのユーザーの方のトラブルのケース、これは去年の8月ごろに北陸のほうであったのですが、これは日産さんが事後極めてすぱらしい対応をされました。そのプロセスが全部載っております。あるいは、多摩の警察がひどい駐車違反を取り締まったケースとか、どこかの通信会社が料金を間違えたケース、あるいは住宅メーカーの基礎工事がひどかったケース、あるいは東芝さんでも、熱で掃除機の樹脂が溶けてしまった話とか、これを契機にそういうとばっちり系もどんどん表にあがっていくという状況がある。
 しかも、ここに来て、久米さんが専門でいらっしゃいますけれども、先ほど申し上げましたメールマガジン、つまりインターネットのホームページでどんな話があっても、そこにわざわざ行くまでは見ることができないのですが、メールマガジンで自分のメールボックスに、ここにこんな話があるぞということが、私も6月の半ばごろから何通も何通も入ってくるようになりました。
そうすると、増殖のプロセスというのも、AKKYさんのページのような、あるいは弁護士さんのページのような情報発信一方のページもあれば、みんながいろいろなことを書き込む書き込みのページというのものがある。その相互作用でどんどん増殖していく。いろいろな話がたまっていると、メールでここで面白いよ、あっちの水はあーまいよというメールがどんどん来るものですから、どんどんそれを見るんです。
 そして、今回の場合は7月の初めに「週刊ダイヤモンド」が初めて取り上げたわけです。それから、新聞では各紙いっせいに取り上げる。テレビではおそらく木村さんが最初だったと思いますが、テレビで取り上げる。「週刊ダイヤモンド」はおそらくかなり部数が出たのではないかと思いますが、「週刊ダイヤモンド」が取材してから発行されるまでのあいだに、掲示板で「週刊ダイヤモンド」の話で盛り上がるわけです。「週刊ダイヤモンド」が月曜日に売られるというと、都会部は別でございますが、発売日が遅れるような地方に住んでいらっしゃる方が、何が書いてあるんだと掲示板に書き込むと、だれかが答えるというような構造になっています。
すなわち、情報発信一方のホームページがあり、掲示板があり、メールマガジンがある。ここまではインターネットの世界の話、それから外部に新聞やテレビといった既存マスコミがあり、それらのさまざまな要素がどんどん絡みあって広がっていくというのが一つの特徴になっているという気がいたします。そういうあたりをぜひご理解いただければと思います。そのあたりの構造を企業として理解しなければいけないということですね。
 久米 よろしいですか。ここでいただいたタイトル、ネットコンシューマーは従来の消費者運動とどう違い、どんな得失を持つのかというテーマがありましたが、私なりにネットコンシューマーはどんな特性を持つのかということで、いくつかキーワードを挙げてまいりました。スジ論クレーマーをちょっと分解した形になるのかもしれません。
 一つは、愛憎表裏一体ということだと思います。さっきのスカイラインにしても、何か好きなもの、自分に思い入れがあるようなものをつくっている企業ほど実は危険ということがございます。それが裏切られると、そういうホームページがあがりやすい。逆に、そういうスジ論クレーマーの意見を聞いて商品開発に生かせば、これは逆にエバンジェリストといって、それをみんなに宣伝してくれる人になるということで、これは裏表なので気をつける必要があるだろうということです。
 なぜスジ論クレーマーが場合によっては無給であっても皆様の会社のために奉仕するかというと、自己認知欲求、社会参加欲求、自己実現欲求が非常に強いんです。ですから、東芝の社長から直にメールが来たりお電話がくれば、だいぶ感じが違ったのではないかと思います。
 そして、三つ目は、特殊なバランス感覚がだんだんネットワーカーには出てくるんです。地球市民感覚とさっきのパロディ感覚が一緒になったような、ちょっと不思議な感覚なんです。そこで正義感が出てきますので、正義に反することをすると、その人は叩かれますし、正義にかなったものだと応援したくなるという特性があるわけです。
 そして、あとは会ったことがない人同士が連携を取るわけですが、これはなぜかと申しますと、やはり日常顔を会わせている関係は会社の関係が一番そうですが、利害関係の塊でございますから本音で話せないんです。ネットだと本音で話し始めるんです。それもこうやってわかりやすい事件が起こると、みんなアッと言う間に仲間になれるわけです。あっ、こういう経緯があって、あそこでは大変だったな、応援しようという形で、コンテキスト共有といいますけれども、コンテンツより重要な文脈ですね。だんだん仲良しになってくるわけです。こういう人たちが一体になると、普段のリアルな世界では味わえない一体感とか高揚感を味わって、一気にパワーが噴き出ます。これは良くも悪くも使えるわけです。
 濱田 一部ではマスヒステリー状態と思われていますね。
 久米 そうです。過剰反応というところもあるわけです。これが過渡期の現象でございます。
 濱田 私の年代では、昔の全共闘運動を思い出します(笑)。変な高揚感があった。
 久米 ありますね。あとはノイジー・デストロイヤーとサイレント・リード・オンリー・メンバー(サイレントロム)があると思います。ですから、これは実際のリアルな世界と似ているかもしれませんが、大声を出す人がやっぱりいるんです。その人は必ずしもみんなの意見を代表しているというわけではなくて、むしろバランス感をもって静かに見ている人から見ると、あの人はちょっと違うねと思われていることがあるわけです。
 ですから、企業としてはそういうノイジーな人に対応することも大切なんですけれども、この企業はどういう企業かそーっと見ているサイレント・リード・オンリー・メンバーのほうが百倍怖いです。その人たちはたぶんホームページなどは何もあげませんけれども、こっそり自分の信用できるメール友達のあいだで、あれはこうだったよねと話します。そこで決まってしまいます。このバランスというのがネットの世界であります。これは裏返せば、企業としてはスジ論を出してオープンにしていれば、サイレントロムの人は理解してくれているわけです。
 あとはイントレランスな攻撃性というものがありまして、日常、日本人はそんなに喧嘩をしないと思いますが、ネットでの喧嘩はものすごいです。ニフティのある会議室などでは罵倒し合っているという感じなんです。これはなぜかといいますと、いろいろ言われているのは、言葉だから言葉尻をとらえて、しかもそれが残るから怒りを増幅させるという話がありますけれども、私が自分で心がけているのは、とにかく褒めることはしてもけなすことは書かない。これをやれば、企業も何の問題もないわけです。ところが、ネットでけなすことを書きたくなるんですね。ヒロイックになってきて、自分の発言力を増す。
 このまえニフティの会員紙を読んでいましたら、あるケーキの辛口批評の人気のあるホームページがあったんですが、これは閉鎖されてしまったんです。これは好き嫌い軸にある話を持っていって、嫌いなんだと書いてしまったからいけなかったと思うんです。好きなものだけ書いておけば問題はなかったのに、嫌いだと言われると、それを快く思わない人が出てきて、「なんだ、おまえは」というわけです。そうすると、これは好き嫌いですから、いくら戦っても勝てません。お互いに言い合って広がっていくという話なので、非常にイントレランスだと思います。ただし、そういうものは時系列で学習されてきますから、最後はみんな学習していって、ノイジーデストロイヤーは決してなくなりませんが、サイレントロムが増えてくるだろうなと思っています。時系列で学習する。
 そして、そこでたぶん影響力を持つのはどういう人かというと、カリスマ的なネットコミュニケーターというものが出てくると思います。木村さんだったら、マスメディアを通じて 100万人の人に影響を与えているかもしれませんが、このネットコミュニケーターは 300人とか1000人という規模で、ミニコミのなかでものすごく影響力を与えてくる。場合によって、マスコミでいくらこうだと言っても、その人が言っているほうに行きたくなってしまうという現象が起きてきます。ですから、企業としては、こういう人たちをいかに仲良く味方につけておくかということが大切だと思います。
後ほど両先生からもお話があると思いますけれども、これは小手先だけではなかなか難しくて、企業が正しいことをやってくれていないと、なにしろマスメディアだけの情報だけではなくて、裏のことも全部知っている人たちですから、それを応援してはくれません。
同時に起きていることで、非常に面白いな思ったのは、買ってはいけないという本がベストセラーになっていることなんですが、あの内容が正しいかどうかは全然別の話として、ネットでいますごくはやっているんです。主婦が読んでいるんです。そして、私たちのオーガニックコットンのTシャツも粉石けんでないと洗ってはだめだよという人が出てきているんです。そうすると、みんな伝播するんです。ですから、こういうカリスマコミュニケーターと企業はいいパートナーシップでやられたらいいのではないかということで、結論としては恐れることではないとは思います。
濱田 久米さんのお話は二つの要素がございまして、スジ論クレーマーとエバンジュリストということで、企業がいかに向き合っていくのかということが一つ。それから、もう一つはネットのなかのある特殊な文化、井戸端文化という二つの要素があるように思います。最初にスジ論クレーマーなのかエバンジュリストなのか。このあたり冒頭の田中さんのお話でも、スジ論クレーマーというたいへん困った存在が出てきたということがあり、久米さんのお話では、そういう人たちもうまい具合に、つまり東芝の社長から電話が一本行けば熱烈なエバンジュリストになるんだ。宣教師、布教師になってくれる。おそらく一つの人格の表裏一体という部分があると思います。
田中さん、このあたり原則的にはどう対応すればいいものなのでしょう。例えば、スジ論クレーマーをいかにエバンジュリストに変えるか。
田中 人の心理がなせる技でございますから、一般論ではなかなか言いにくいと思いますけれども、スジ論クレーマーというのは時の流れ、消費者が学習すればするほどそういう人が増えてくるから、これはトレンドでございますから、いい悪いのものではなくて、そういう時代に入っているんです。問題は、企業側の一つの対応能力というのでしょうか。あるいは、方針を持っていないとスジ論クレーマーが本当のクレーマー、前向きでないクレーマーになる恐れがある。
いろいろな経験から申し上げまして、まず、企業側がどういうスタンスで合意できるかというと、三つあるように思います。これは経験から言っていることで、学者ではありませんので分析の仕方はどうかと思いますが、一つは、消費者に対する誠意の欠落、これが一番圧倒的です。
今回のケースも誠意ということを言っておりますが、誠意というのは何かといいますと、これも幾多の経験から申し上げると、実に簡単であります。木村さんも冒頭におっしゃっていましたけれども、誠意がないというのは、実はスピードと面談の二つに集約されます。スピーディに対応したかどうか。これがないと誠意が感じられない。これはクレーマーの心理であります。皆さん方もたぶん同じような思いをするでしょう。明日までというのと、明日といっても朝の10時なのか12時なのか、午後の5時なのかによって全然違いますね。誠意というのはスピードの問題。
もう一つは、会う、面談であります。電話や手紙やEメールでいくら誠意が縷々伝わっても、最終的には相手は誠意としては受け取らないということを多々経験しております。おたくから確かに3回も4回も丁寧に説明を受けましたよ。だけど、一度だって訪ねてきて説明を受けていませんね。たったこの一言で、3回、4回の電話での説明あるいはデータを送ったことを、相手は誠意とは受け取らなかった。この面談とスピードが誠意の欠落の2大要因でありまして、まず誠意の欠落が一つある。
もう一つが、消費者への説明のまずさであります。実は、いま企業のトップにもアカウンタビリティ、本当に説明責任能力があるのかということが問われておりますけれども、実際お客様に対する説明が上手な企業人、しかも平常時ではなくて、セールストークではなくて、トラブルが発生しているという彼我のあいだに対立感情、情報を受け入れる筋がない両者のあいだで説明がいかに難しいか。逆にいうと、人柄を含めまして説明能力のプロ、説明のまずさというのがかなりあります。これはパンフレットあるいは説明書を含めてであります。
スジ論クレーマーを生む三つ目が、消費者と感情的な対立になってしまう。結果的に、いきなり感情的な対立から入る場合もあるでしょうけれども、いまのように誠意がない、説明がなっていないということで、感情的な対立になってしまう。
局面としては3番目の局面ですけれども、このようになったときに消費者はどういうアクションを取るかというと、だれかにうっぷんをはらさずにはいられない。これが内部告発だったらメディアに対する情報提供であったり、当局に対する相談であったり、国民生活センターに対する相談ということだったのでしょうけれども、最近はそれがEメールで爆発的に流れる。
そういうことで、スジ論クレーマーというのは時の流れでありますから、いつどんな会社でも起きるかもしれない。これは是として認めざるを得ない。問題は、せめてその人に対して企業側としてどのようなアティチュードで臨むかということを、もう一度原理原則に戻ってやる必要があるのではないかということです。
 濱田 久米さん、いかがですか。
久米 たいへん勉強になりました。経験的にも、だいたい偉い人がすぐ謝る。特に、メールをやっている人のスピード感覚は普通の人のスピード感覚とは全然違うんです。ですから、よく言われるのは、メールの返事は6時間以内という話がありますけれども、普通の対応よりも3倍ぐらい速くやるということが重要でしょうし、シンプルな対応としては、スピーディさを増すために深刻なクレームは一番最初に社長か、さっきの説明のプロにダイレクトに届く仕組みをインターネットのなかでつくるだけでもだいぶ違うと思います。それをトップページに置くだけの話です。私たちのホームページも中小企業だからできるのかもしれませんけれども、いちおう私の社長名を出して、ほかの担当者と並べて私のアドレスもいちおうオープンにしております。そうすることで、お客様は選択すると思うんです。それぞれテーマが決まっているような普通のコミュニケーションは担当者レベルでやるけれども、社長に出したいというときは、たぶんよほどお怒りになっている方か、よほど何か訴えたいことがあるときだと思いますので、それをトップがダイレクトにキャッチできていればほとんど問題は起きなかったと考えております。
 濱田 いまの日本の企業ではなかなか難しいところもあろうかと思います。もう一つ、そういう意味でネットワークのなかというのがある種の特殊性をもった、ノイジーデストロイヤーの話、サイレントロムの話等々含めて、理解しなければいけないある種の文化を持っているというご指摘がございまして、そのうえで、どうなんでしょうか。いまは過渡期であって、成熟すれば状況が変わるんだという具合にお考えですか。木村さん、どうですか。
木村 いまAKKYさん対東芝という構図のなかで、東芝に対する攻撃が猛烈にあるという理解のされ方をしているのですが、実はAKKYさん自体に対する大変な攻撃ももう一方である。その中身はわかりませんが、あるそうです。そのなかには「@tousiba.co.jp 」というメールアドレスがあったとかないとか、そういうバカなこともあったようですが、実はそれと関係なく、おそらくこういう問題が起きてきたときに、いまのネット人口のバランス感覚がもう一方であるような気がします。
実は、AKKYさんに対するどこまで嘘か本当かわからないような情報自体が、東芝情報と同じぐらいいまネットのなかを徘徊しておりまして、わからない。ただ、さっきのサイレントマジョリティはそれをじっと見ながら、どうなのかなという身構え方をしておりますので、筑紫さんが言うような便所の落書きではなくて、わりとバランス感覚が取れる社会になりつつあるし、そういう可能性があると非常に楽観視している一人です。ただ、その経緯がすべて丸見えになってしまうという恐ろしい社会ですから、そのなかではこれが非常に過激なことに見えるのでしょうけれども、最終的には非常にバランスを取っているのではないかと私は感じています。
 濱田 実は、便所の落書きにもたくさんあるわけでございまして、ネットのなかに自浄作用があるというよりも、むしろ淘汰作用があるのかなと思います。かぎ分ける力といいましょうか。ですから、企業の批判サイトというのも今回のケースだけではなくて、うんとあるわけです。ところが、そのなかにはこれはだめだ、独善であるということで、見て、そのままだれも話題にしないようなものも現実にあるわけでございまして、そういう淘汰はなされているのかなという気がします。
 久米 それは同感です。ネットをずっと使っていると、ネットサーフィンは面倒臭くてしなくなりますね。バナー候補もクリックしなくなります。メールもたくさん来るようになると読まなくなります。上司のものであっても読まなくなったりするんですけれども、読むのは、自分のなかでこの人は信用できるな、バランス感覚があるな、面白いことをやってくれるなという人のものしか見なくなるんです。その結果として、今度のサイトを見たらどうだということはあるかもしれませんけれども、淘汰という意味はたぶんそういう形で、人は時間も興味も限られているわけですから、それぞれ必要なものだけ、それもある程度のクオリティのものだけ見るようになるだろうという形ですみ分けされると考えております。
 濱田 ニフティのフォーラムの世話役のことをシスオペというのですが、友達のシスオペから来たメールで、今回の話は古くからのネットワーカーは冷静に受けとめている、こんな大騒ぎはしていない、どうもニフティと比べると、インターネットのネットワーカーの成熟度がまだ低いのではないかということをおっしゃる方がいらっしゃるんです。
たまたま今回はこんなに大きくなりましたけれども、こうした形のトラブルのケースは、そういう意味ではパソコン通信ではニフティさんは圧倒的なポジションにあったわけでございますので、ニフティのなかでは全部出ていた形態という気はいたします。しかしながら、本当に成熟していくのかどうかというところに一抹の疑問を持っております。ニフティの場合には全部メンバーが特定されたメンバー、いわゆるあだ名ですね。ハンドルネームを書き込んではいても、全部身元のわかっている人たちが書き込んでいたんです。
 ところが、インターネットそのものはだれかわからないようにすれば匿名性が保たれるわけで、先ほど木村さんがお話になったように、今回の場合はAKKYさんご当人にも、AKKYさんの支持者にもものすごく大きな、なかなかダウンロードできないようなメールが来たり、コンピュータウィルスが送られてきたり、あるいは無駄な、全然意味を持たないメールがたくさん送られてきたり、匿名性が保たれるがゆえの心ないしわざがありまして、本当に時間がたてば成熟するのかなところには、私自身はちょっと懸念を持っています。
 木村 それは残ると思います。ただ、全体として成熟しないままで便所の落書きのまま残るかというというと、私はそうではないと思うんです。それと、今度、成熟度を言うとすれば、それはネットワーカーの成熟度ではなくて、逆にネットワーク世界を知らなかった企業の未成熟度が生んだ問題のような気がするんです。ですから、むしろ論ずべきはネットワークの成熟度ではないような気がします。ネットワークのなかでそういう負の部分が残る。これはどの世界でも同じですから、何十年たとうが、何百年たとうが残ると思います。そういうものがあるということ、あるいはネットの増殖力がいますごく増えている、大きくなっている、力も増えている、そのための五感に訴えるものもあるということをまったく理解していなかった片一方の当事者の成熟度がなさすぎたのではないだろうか。そういう事件ではないかと思うんです。
 濱田 結論大賛成です。であればこそ、この種の…?…というふうに思っているわけでございます。
田中 私はどうしても企業側の立場でこの現象やトレンドを見てしまうのですが、これは実に難しいとしか言えない。なぜならば、企業側の広報は「顔が見える広報」という言葉をよく言います。自分たちの顔が見える広報を相手方にしていこうではないか。トップの顔の見える広報であり、商品が見える顔、あるいは文化事業活動が見える顔、そういう形で、できるだけ顔が見える広報ということを企業広報活動して盛んにやってきました。当然ながら、対象もステイクホルダー、いろいろなジャンルのステイクホルダーがありますが、まったく利害関係がない第三者を相手にした広報はないわけです。そういう企業広報のなかで、インターネットによるネットコンシューマリズムの属性は顔は見えない、声はすれども姿は見えないんです。
しかも、非常に困ったのは、ボクシングの一つのリングのなかで企業側と、グループであれ地域住民であれ、クレーマーであれ、1対1でグローブを持って、審判がいて、周りには観衆がいて、観衆というのは社会でありメディアでありますけれども、そういうところでボクシングをやっていたつもりが、相手が覆面をして、いきなりボクシングからキックボクシングやレスリングと、あらゆるリングのなかでのルールを使ってやってくる。ボクシングだと思った相手がいきなりプロレスの技をしかけてくる。さらに場外からも参加者が出てくる。もう乱闘が起きる。このような状況ではコントロールできない。これが企業広報としていままでまったく未経験の局面のなかに入る。
これは確かにある期間内で成熟度は持つでしょうけれども、成熟度があるということは、未成熟の人が必ず増えるわけですから、常にそういう人たちがこのネットのコンシューマーのなかにいるということですから、件数はこれから増える可能性がある。そういう意味で、非常に悩ましい。しかし、いい知恵もなかなかなくて悩ましい。こういう状況にいまあるのなかという感じがしております。
木村 ただ、いまおっしゃった顔の見えないコンシューマーに追いやってしまったのは実は東芝側でして、それまでは顔を出して、東芝の窓口といろいろやりとりをしていたわけです。最後の一言で、東芝側の電話で、「あんたみたいなのはユーザーじゃないの、クレーマーつうの」というので、AKKYさんは帽子をかぶらざるを得なくなった。逆にそこへおいやったのは、私はむしろ企業側の広報、あれを広報といえるかどうかわかりませんけれども、企業側の広報の対応だったと思います。
田中 いま私が言った「顔の見えない広報」というのは、クレーマーというのは最初は必ず具体的に電話あるいはサービスセンターに電話にアプローチしてきます。そのあと納得しないと手紙とかいろいろな手法を使ってくるわけです。問題はネットコンシューマリズムというのは、当事者以外の第三者、利害関係のない方々が非常に数多く場外参加してくる。これが企業側にとりましてはアンコントロールの状況のなかに入ってしまうことではないかということであります。
 1対1の場合はもちろん最初は顔が見えておりますけれども、顔の見えない場外参加者を、意識する、しないにかかわらず、いつのまにか大勢巻き込んでしまう。これは相手が見えない、どういう人かわからない相手に対してリクスコミュニケーションをしよう、広報活動をするというのは非常に難しい。私もどうしていいかわからないぐらい難しい局面に入る時代にくるだろうということです。
 濱田 そういう意味では、冒頭に「ネットのなかの増殖性」というお話がありましたが、どんどん増殖していくというネットの特性を考えるとするならば、それこそクイックリー・アンド・オネストリーではないですけれども、ともかく早いうちに対応しなければどんどん増殖していく。そういうことでいうと、ここのところでも早期対応がかなり重要なキーポイントになってくるだろうということが一つ。
もう一つは、増殖するなかで、情報公開の部分ですね。どれだけディスクローズできるかということで、今回の場合には実はAKKYさんサイドが一方的にいろいろな情報を出していったというところでございます。東芝サイドの情報はほとんどなかったということを考えると、ここにも一つ問題があるのではないだろうか。しかも、先ほど話が出たように、インターネットのなかの情報は匿名性を隠れ蓑に、何が真実かわからない。田中さん流にいうと、検証がされない情報が流れているわけでございます。それだけに情報公開の重要性がいっそう重要になってくるのではないかという気はいたします。
匿名性の問題についていうと、今回の場合、いままでの経緯では木村さんのご指摘の部分があったわけですが、例えば、明日、私がPR協会はけしからんと思って、何ら根拠のないPR協会に対する批判的なものをインターネットに出した。そういう危険性もあるわけですね。このへんどのように受けとめればいいのでしょうか。
木村 日本語で書かれているそういうサイトがいま何十万とあるはずです。何十万は多いかな、何万かあるはずですが、濱田さんが書いたら見るかもしれませんが、見ません。私と共通の利害関係がない限りは、歯牙にもかけないはずなんです。顔の見えないコンシューマーがいろいろなことを言うというのは井戸端会議と同じようなことですから、あり得ると思うんです。これが健全とか健全ではないということでなくて、それがどれぐらいクレジビリティがあるかということで、増殖するかしないかの話です。
クレジビリティがあるということは、その内容に信憑性があるから広がっていくだけの話です。だから、濱田さんが信憑性のある内容で、PR協会批判のホームページを立ち上げられたら見る人は増えていくと思うのですが、まったく信憑性がない、それをどう判断するかはまた別の話ですけれども、クレジビリティを感じさせないホームページが立ち上がったとしますと、PR協会は対応する必要もないぐらいにだれも見ないサイトになるのではないかと私は思いますが、久米さん、どうですか。
久米 私も同感です。未成熟な人もどんどん入ってくるという田中さんのお話でしたけれども、いつの時期でも企業は攻撃される可能性があると思います。全部の人から 100点をもらうような企業をめざそうという発想だとすごくノイローゼになってしまうと思いますが、私は自分の悪口が書いてあるサイトもあまり気にしないのです。なぜかと申しますと、ロイヤル・カスタマーだけ見ているからなんです。ロイヤル・カスタマーがそれを見て知ったとしても、これはおかしい、自分の信じている会社がいいと思ってくれるような広報活動だけやっていればいいわけです。
インターネットというと、すぐグローバルとか全部の人にという話になりますけれども、私の発想は逆でございまして、むしろ企業がより専業化、本物指向である限られたカスタマーに対してだけサービスをしていく。一見さんお断りの世界にむしろいくと考えておりますので、そこだけに広報活動をしていくと考えれば、あとの人がノイズを出してもあまり気にしなくてもいいのではないかと思っております。
 濱田 基本的には賛成なんですが、いずれにしても何から何まで全部対応する必要はないんだ。見て、明らかにこれはおかしいとかぎ分ける力は持っているのだから、対応するものと対応しないものはちゃんと分けてしかるべきであるという原則論は私も基本的に賛成です。ただ、一つ、念のために触れておきたいのは、そういう信憑性が乏しいと思われるサイトは、今回のような増殖のループに入ることはまずないと考えていいだろう。
しかしながら、今度はサーチエンジンの問題が出てくるわけです。最近は学生さんの就職などはかなりインターネットが使われている考えますと、当該企業名を入れて検索する。そうすると、そこにその会社のホームページあるいは関連のページと同時に、アンチページも出てくるわけです。ですから、そのときに本当に信憑性がないがゆえに放っておいていいんだと見るのか、そこで増殖しないまでも、うっとうしいサイトといいましょうか、サーチエンジンの機能も当然評価のなかには入れておくべきだろうという前提付きで賛成です。
木村 gooで木村太郎というのを引きますと、一時 400〜 500ぐらいありまして、読んでいきますと、あることないことと言いたいのですが、ほとんどあることですね(笑)。これは私がどこかでとちったとか、あいつの言っていたのは間違えていたとか、それをどういうふうに大きく書いているかは別にいたしまして、私は、「ああ、やっぱりよく見ているな。おそれいりました」というのがわりと多いです。罵詈雑言はありますけれども、それだけネタにしている以上は、きっかけは自分にあるなというのが9割以上だと思います。
ですから、さっき言ったPR協会の件、ないことないこというのなら問題があると思いますが、針小棒大があったとしても、そこには企業にとって汲み取るだけの情報はあるのではないかと思うんです。むしろ、それをある意味の栄養剤にしたほうが、インターネットを使う上では得ではないかと私は感じます。
 濱田 どちらかというと、企業の度量の部分。
木村 対応しようと思っても、私は返事を 500出すわけにもいきませんから、「へえ」と思ってみていますけれども、製品の問題とかパッケージが悪いとかデザインがよくないかとか、嗜好の問題はあるかもしれませんけれども、何かヒントになるものがあるのではないか。いいマーケティングの場ではないかというぐらいに考えてもいいのではないでしょうか。
 濱田 ありがとうございます。そういう意味では、インターネットの手だれの方々がいらっしゃるので、技術的でわけのわからない話もあっただろうと思いますし、現実にきょうご参加のウェブマスターの方で、現実にたいへん悩んでいるというお話もおありでしょうし、あるいは質問ではなくて、おまえら、こんなことを言っているけれども、おれはこう思うんだという意見でもかまいません。途中でございますが、このへんで会場の方からご発言をいただきたいと思います。いかがでございましょうか。
矢畑 はい。
 濱田 ありがたいです。こういうときに手を挙げていただくと、司会としては本当に助かるんです。ありがとうございます。どうぞ。
 矢畑 コダックの矢畑と申します。広報をやっているのですが、いまたまたま社内報向けにこの記事を書いているのですが、一番悩んでいるところは、今回、1大企業が消費者に対してある程度法的対応をちらつかせながらアプローチしたというのは非常にまずかったと思っています。新しいメディアとしてできたばかりで、企業はどういうふうに対応していいかわからなかったという面もあると思いますが、法的対応はどういうときに取れて、どういうときに絶対に取ってはいけないということがありますでしょうか。
田中 一般論になりますけれども、企業が当面するリスクには2種類あるわけです。刑事的な事件と民事的な事件です。不祥事になったら民事のほうです。刑事事件は国家に対する反逆行為ですから、これはやむを得ないとしまして、民事事件においてはクレームを含めた一般的な企業不祥事については問題の根源は法の問題ではなくて、コミュニケーションギャップから生じるわけです。リスクコミュニケーションが適切に働かなかったというところから燎原の火のごとく拡大していくわけです。したがいまして、最初に考えるべきことはコミュニケーション、地域住民であれ、企業であれ、団体であれ、個人であれ、コミュニケーションという視点から戦略・戦術を考えるべきです。
何らかの法的なチェックはあとからくるというのが、一番現実的な企業の直面するリスクに対するスタンスではないでしょうか。私は経験からそういうふうに申し上げたいと思います。
 濱田 法的リスクよりも、コミュニケーションリスクのほうがダメージを与える可能性は大きいですね。それから、今回ちょっと残念だったのは、回答文申請等々で弁護士さんには相談されたのでしょうけれども、そういう法的なアドバイザー、法的コンサルタントとしての弁護士さんには当然相談されるべきですが、それと同時に田中さんのような、あるいはきょうご参加の皆さんのような広報担当者、これが関与しないとダメージは大きいだろうと思います。裁判に勝ったけれども、商売には負けたというのがよくあるわけです。それは法的リスクだけを見て、コミュニケーションリスク、イメージリスクを見ないと、裁判に勝って、商売に負けたということがまま起きるわけでございます。そういう意味では、われわれの協会の役割は大きいということを申し上げて、休憩に入らせていただきます。
木村 いまの話ですが、一言いいですか。
 濱田 はい、どうぞ。
木村 私はあの経過は何も知りませんし、東芝の社内事情も何も知りません。ただ、あそこで仮処分申請を出すぞというので、出したんですか。
 濱田 出して、下げたんです。
木村 下げたんですが、あの経緯を見ていると、最後の瞬間になって、実はこうなってしまって、どうしたらいいだろうかということを弁護士に相談したら、あれしか言わないと思うんです。いま法的に対抗できるは、そのサイトをクローズする仮処分の申請ができるよ。じゃあ、それをやろう。これは行き当たりばったりなんですね。もしくは、そういうトラブルが発生した段階でPR協会にご相談いただきたいのですが、経過として、リーガルマインドといいますか、そういう弁護士でなくてもいいのですが、そういう人がいろいろな段階で絡んでいくようなシステムになっていれば、そこまで事は悪くしていかないでしょうし、あそこであんなものを出すわけがない。
最近の外資系の銀行と日本の金融機関の違いをたまたま聞く機会があったのですが、日本の銀行はいろいろな問題を起こして、最後にドタッときたときに、そこまではみんな社内の常務会か何かで、だいたいこんなことでいくかとやっていて、最後にどうにもならなくて弁護士に相談する。いまみたいな話になる。
外資系の金融会社は、大きなアクションを起こすときには、必ずそばに弁護士がいる。必ずくっついて相談している。リスク管理をあらゆる段階でそういうふうにしてやっているそうです。それが弁護士である必要があるかどうか。日本が弁護士社会になるのがいいか悪いかという議論はまた別にあると思いますけれども、このコンシューマーにこういう対応をしたらこういう結果が出てくるぞ。だから、こういうふうにしなければいけない。でも、またこじれたからどうするかというところで、必ず客観的な評価とデシジョンをしていれば、一番最後になって弁護士のところに駆け込むこともなかったでしょうし、ああいうバカな法的な手段を取らなかったのではないかと思います。
 久米 英国航空の話もしましょうか。
 濱田 はい。
久米 英国航空の事例がメールで紹介されたという話をしましたけれども、IBMの岡本さんによると、英国航空が民営化した94年にそのシステムができました。そのシステムは客先のスタッフがつくったらしいです。情報システムのプロではなくて、お客様とのコミュニケーションを大事にしている人がつくったそうです。そして、よくよく考えてみたら、いままでクレームに対して損害賠償、損害賠償と弁護士に払っていた費用のほうが高かったというのが結論なんです。要は、ちゃんとしたシステムをつくって、お客様にすぐファンになってもらうような対応がだれでもできるようなシステムをつくる。それでもやはり訴訟にしなければいけないようなものがありますから、それは簡単にスクリーニングできて、先ほど木村さんがおっしゃったように、あとでどうしようもなくなって渡すのではなくて、最初にパッと来た時点でわかれて、相談するような仕組みができているそうです。そういうものを目指していくのがいいのではないかと思いました。
 濱田 とりあえず、休み前の結論としては、弁護士に払う費用よりも、PRエージェンシーに払う費用のほうが……(笑)。
とりあえず休憩ということで、休憩を経まして、では、企業は当面あるいは将来的にどうしていけばいいのか。対応とその方向についてパネラーの皆さんからご意見をちょうだいしたいと思います。
途中でNHKさんのインタビュー等々もあると思いますので、3時15分に再開させていただきます。12〜13分のインターバルを置かせていただきます。
(休憩)

(再開)
濱田 やはり、今回の件は起こるべくして起こったんだという話が一つございまして、そのうえでインターネットというメディアが介在した。そこで、われわれが注目すべきは、インターネットというものはいざとなれば増殖力といいましょうか、どんどん大きくする力を持っている。しかしながら、先ほどの話にあるように、何が何でも大きくなっていくという話ではなくて、なかには無視してもいいものもあれば、ほとんどのものがそういう形にはなっていないということなんだろうと思います。
それから、もう一つ、先ほど久米さんからお話がございましたけれども、増殖性と同時に、インターネットのなかで非常にイントレ

インターネットとメディアの変化

■インターネットの登場
1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災は、インターネットの潜在的能力を示す機会となった。
地震発生直後から安否確認、緊急通信、受話器はずれ等により通話量が急増したため、通信インフラとしての電話回線が輻そうし、つながりにくくなる中、インターネットが被災地からの情報発信ルートを継続的に確保していたのである。
平成23年版の通信白書は、「阪神・淡路大震災では、地元の大学や企業をはじめ、多数の大学・研究機関や企業がインターネットを通じて、被災地の画像、安否情報、地震に関する学術情報等を世界に発信した。神戸市はインターネットを利用して、焼失地域の地図、避難所一覧、静止画像による被災地の状況等の情報を発信した」と総括している。
神戸市の職員が、被害の様子をデジタルカメラで撮り続け、 それをインターネットで世界に送り続けたことはよく知られている。
1993年に商用サービスが始まったばかりのインターネットはソ連の核攻撃にあっても通信手段を確保するためにアメリカの国防総省が研究を開始したアーパネットに源流をもつが、核攻撃にも比すべき大震災の広範な被害の中、インターネットは威力を発揮し、一般にもその存在が知られる契機となった。
1995年の11月には、マイクロソフトがウィンドウズ95を発売。
アイコンやリンクをクリックすることで、感覚的にパソコンを操作できる容易さにより、パソコンユーザー、インターネットユーザーは一挙に増加し始めることとなった。1995年はインターネット元年と目されることになる。
当時の通信スピードは今日とは比べ物にならないほど遅く、通信料金も従量制でそれなりの費用を要したことから、個人ユーザーは一部に限られていたが、大企業を中心にインターネット活用は徐々に浸透していった。トヨタはこの年の8月には当時日本で最大といわれたサイトをオープンする。
この時期のトピックスとして、触れておきたいのが富士写真フイルムのケースである。ロサンゼルスオリンピックで公式スポンサーとなった同社はこれを契機に売り上げを伸ばし、1995年時点ではアメリカでの写真フィルムシェアが3割に達していた。一方、競合である米イーストマン・コダックの日本でのシェアも3割だったが、同社としては世界的水準に遠く及ばない数字だった。これは、日本の流通市場が閉鎖的なためであるとして、コダックは米国通商代表部に提訴し、日米経済摩擦の争点に浮上した。富士写真フイルムは直ちに反論をまとめ米国通商代表部に提出するとともに、1995年7月、600ページにのぼる反論書を「歴史の改ざん」と題し、インターネットで公開した。その効果は抜群で、WTOのパネルの最終報告でその主張が認められ決着した。インターネットがグローバルなコミュニケーションツールであることをまざまざと見せつけたケースだった。
経済広報センターの意識実態調査を見ると、1996年時点でウェブサイトを開設している企業は36%、開設予定企業は41%に上っている。1999年には95%の企業でウェブサイトが開設されている。さしずめ「ウェブサイトの開設ラッシュ」とでもいうべき状況であった。
この潮流の中で社員にパソコンを貸与する企業が増え始め、パソコンはビジネスツールの主役へと躍り出た。
また、この年にスタートしたNTTのiモードが携帯電話からのインターネットアクセスを可能にしたこともあり、インターネットは一般ユーザーにとっても身近な存在となった。ちなみに日本のハンディ型携帯電話は1987年に登場しているが、1995年から2000年にかけては毎年1000万回線のペースで急速な成長を遂げており、携帯電話がインターネットを日常的な存在に変えた。
この波に乗り1999年と2000年の両年にはネットバブルと呼ばれるブームが訪れた。1997年4月の橋本内閣による消費税増税、同年7月のタイに始まるアジア通貨危機のあおりを受け不況にあえぐ日本経済の中でインターネット関連産業のみがひとり気を吐いていたのである。

■インターネットと企業文化
インターネットの普及は広報のあり方に大きな変化をもたらした。情報の対外受発信にインターネットを使うだけでなく、社内コミュニケーションの風景も一変した。電子メールや社内限定のイントラネットを通じ、社内の情報共有のありかたは替わり、稟議制度に代表される階層を経由する意思決定が陳腐なものとなりはじめていた。
シティバンクのCEOだったジョン・リードは、早くから全社員向けのメールを活用していた。「トップが社員に直接、意志を伝える簡便な方法があるのに、なぜ上司を介して伝えなければならないのか」という素朴な発想から出発したものだ。
メールやイントラネットを介したトップからのメッセージは多くの企業で取り入れられることになる。
2004年ごろからブログが一般化すると、IT企業を中心に社長ブログが増え始める。もとより、社長ブログは対外的な情報発信を一義的な目的としているが、社員はこれを通じて社の経営方針や企業理念を理解することも多く、社内コミュニケーションの重要メディアとしての側面も色濃い。
逆に社員が社長あてにメールを送付する試みもはじまった。三菱電機は1995年4月の段階で「社長メール談話室」を設置し、部課長が社長に経営方針を直訴できるようにした。同社は1994年を電子メール元年と位置づけ、3億円を投じて社内の情報化を推進した中での試みだ。また、三菱商事は「サンキュー・フォー・ユア直訴」のタイトルのもと社員から社長への電子メールを推奨した。
しかし、社長と社員の直接的コミュニケーションの増加は、自立・分散・協調のネットワークの原理とはフィットするものの、日本的経営のピラミッド型組織にはなじみづらく、時として中間管理職の形骸化を招きかねない。牢固とした伝統的ピラミッド型組織では、短時間でのドラスチックな風土改革は困難であり、多くの企業は時間をかけて「インターネット前提社会」への対応を進めて行くこととなる。

■グーグル検索のインパク
企業広報の最初の取り組みはウェブサイトの開設である。当時は一般に「ホームページ」と呼ばれていた。当初は会社案内をそのまま転用したものが主流で、トップ画面に社長の顔写真とあいさつが掲載されているものも多かった。
インターネットの黎明期にあって、ユーザーはヤフーやNTTディレクトリなどの「ディレクトリ型検索エンジン」を主に使っていた。これはさまざまなサイトをその内容によって手作業で整理し、電話帳のように一覧表示する方式である。
しかし、ウェブサイトの増加により整理が追い付かなくなって来たところで登場したのが「ロボット型検索エンジン」である。これはロボットが定期的にウェブサイトを巡回し、情報のインデックスを作成する方式である。日本でもいくつかの大学の学生が手作りで開発したものや、アメリカのデジタルエキップメント社が社内向けに作っていたものを一般公開した「アルタビスタ」などがよく使われていたが、1998年にグーグル検索が誕生し、その正確さから急速に人気を集めた。
グーグルには、創業者の一人であるラリー・ページが開発した「ページ・ランク」というサイト重要度評価システムが内蔵されている。他から多数のリンクを張られているサイトや、官公庁や大学などからリンクされているサイトは重要、更新頻度の高いサイトは重要、ドメイン名から情報発信本体とみなせるサイトは重要などさまざまな要素を組み合わせて評価し、重要度順に検索結果を表示するというシステムで、これによりユーザーは検索結果の1ページ目だけで容易に目的のサイトにたどり着くことができるようになった。
企業は自社サイトのアクセスを増やすためにはこのページ・ランクを高める必要があるとして、さまざまな工夫が凝らされウェブサイトの表現が一変した。このようなアプローチをSEOサーチエンジン最適化戦略と呼ぶ。
企業のニュースリリースは、記者クラブでの配布と、関連するマスメディアを整理したメディアリストに応じた送付が中心であったが、検索エンジンにヒットすれば一般消費者へも訴求が可能なことから、自社サイトへの掲出は不可欠な手段となり、表現内容も一般消費者を意識したものへと変化していった。

ソーシャルメディアの成長
アメリカのタイム誌は毎年パーソンオブザイヤーを選出している。2006年に選ばれたのは個人ではなく情報発信するユーザーを意味する「YOU」であった。発表号の表紙は、パソコンの画面をシルバーの鏡張りとし、読者の顔がそのまま映し出される工夫が凝らされていた。ブログ、ユーチューブ、ウィキペディアなどユーザー自らが情報発信を行うサービスが増加し、一般ユーザーがマスメディアにとって代わり、メディアの主役に躍り出たのである。
1995年ごろから個人がウェブサイトを開設することは珍しくなかったが、2002年ごろからブログサービスが始まり、2005年から翌年にかけブーム状況を呈した。総務省は2006年3月末にはブログユーザーが2539万人に達したと発表している。
ミクシィ、グリーなどのSNSソーシャルネットワーキングサービス)は2004年に営業を開始し、同年フェイスブックアメリカで誕生している。
2005年のユーチューブ、2006年のツイッターのサービス開始など、多様なサービスが登場したこともあり、一般ユーザーの情報発信が容易になった。
今日の視点で振り返るとソーシャルメディアが拡大した2006年はインターネットというメディアにとってエポックとなる年だったといえよう。
消費者が自ら生成するメディアを意味する「CGM(コンシューマージェネレイテッドメディア)」や、ウェブサイトの使い方が革命的に変化したことを意味する「WEB2.0」はこれらの変化を象徴するこの時期のキーワードであった。

■ネットがもたらした広報の変化
ソーシャルメディアが広報にもたらした主要な変化として3点があげられるだろう。ひとつは、企業から消費者へのダイレクトな情報発信メディアとしてブログやツイッターなどをどう利用するかである。まず先頭を切ったのはブログの活用だった。P&Gが洗濯用洗剤アリエールのキャンペーンとして、汚れ物を量産する子どもと母親のほほえましい日常をユーザーからの投稿を受けて取り上げる「困ったさんブログ」、日産自動車が乗用車TIIDAの開発担当者の思いをきめ細かく語りかける「TIIDAブログ」、堀江貴文の「社長日記」はじめ、多くのIT企業経営者が開設した社長ブログなどの試みが2004年ごろから盛んになされるようになった。
ブログは一般ユーザーの中から影響力の強い情報発信者(インフルエンサー)を生みだした。多くの購読者を持つブログの筆者はアルファブロガーと呼ばれることもあった。
広報担当者にとっては、このインフルエンサーにどうアプローチし情報発信を促すかが二つ目の課題として浮上した。コメントやトラックバックなど通じ、注目するブロガーと対話を重ねることや資料を送付することに加え、ブロガーを集めたブロガーミーティングも行われるようになった。
2008年3月。サントリーは白州蒸留所でブロガーイベントを開催した。このときのプログラムの一つであった「すごいハイボールの作り方」が、異常なほどの関心を呼び、帰りのバスの車中はハイボールの話題で大いに盛り上がったという。参加したブロガーは自身のブログやユーチューブでこの話題を発信し、これがきっかけでハイボールに注目が集まった。サントリーはこの機をとらえて本格的なハイボールキャンペーンを展開。長く続いていたウィスキーの低落傾向に歯止めがかかった。
インターネットの中ではみんなが関心を持つ話題はソーシャルメディアを通じて急速に拡散する。ネット内でどう話題を広げるかは、広報担当者にとっての3つ目のテーマである。
2002年BMWは自社のサイトで「スター」というタイトルのショートフィルムを公開した。マドンナが主演し、当時夫であったガイ・リッチーが監督したこの作品は、街を疾走する車の中でジェットコースターのように翻弄されるマドンナを描きBMWの凄味さえ感じる走行性能を訴求している。9分を超える長さと転げまわるマドンナがシートベルトをしていないとの批判からTVでは放映できなかった作品だが、その画像の強烈さから、世界的な評判となった。制作費はかかるもののCMの放映料はかからず、ネットで話題になれば多くのアクセスを稼げるとして、インターネットメディアの力を再認識させることとなった。
2006年ソニーの大画面テレビブラビアはその色彩の美しさを強調するため、サンフランシスコの丘の上から25万個のカラーボールが弾みながら転がり落ちるショートフィルムを公開。その映像の美しさから高い評価を受け、この成功により、以降年1本のペースで数年にわたり新作を公開し、いずれも評判となった。
同年ユニリーバ社はトイレタリー製品「ダヴ」のCMを制作し、スーパーボウルのTV中継時のCMとインターネット公開の費用対効果を比較したが、広告業界誌のアドエイジによるとユーチューブのROIはテレビの3倍に昇ったという。スーパーボウルは30秒CM1本3億円前後の広告料がかかり、世界で最も高額なCMとして知られているが、ユニリーバ社やP&G社は2006年を最後に放映を取りやめている。
インターネットの中では評判が評判を呼び、話題が急速に増殖する。この特性をマーケティングに活かす手法は、「バイラルマーケティング」または「WOMマーケティング」と呼ばれる。バイラルとはウィルス(VIRUS)の形容詞型で伝染的な増殖を意味し、WOMはクチコミを意味するワードオブマウスの略である。

■メディアの地殻変動
ここで、インターネットの成長に伴うメディアの盛衰を見ておこう。
電通は毎年、日本の広告費を集計し発表している。メディアごとの広告費の推移はそのままクライアントの広告メディアの効果に対する評価を反映しているといえるだろう。
テレビ広告費が新聞のそれを上回ったのは1975年だ。オイルショック後の不況の中、沖縄海洋博が開かれ、新幹線が博多まで延伸した年だった。テレビにトップを譲ったが、新聞広告も順調に業績を伸ばし、テレビと並行して発展を続ける。
その潮目が変わったのがバブル崩壊である。テレビ広告が年ごとの波はあれ2兆円を前後する売上を続けるのに対し、新聞は1990年をピークに退潮を迎える。
とはいえ、20世紀は全体としてテレビ・新聞・雑誌・ラジオの4大マスメディアが支配する世紀だったといえるだろう。
広告費の面でネットが顕著な伸びを見せるのは2004年ごろである。この年、インターネット広告費はラジオ広告費を抜き、2006年には雑誌広告費を凌駕する。この勢いで2009年には新聞広告費もまたその軍門に下ることになる。
インターネットを介しての一般ユーザーの積極的情報発信は情報量の膨大な増加をもたらした。
総務省は1973年に前身である郵政省が調査を開始して以降「情報流通センサス調査」を実施してきた。これはマスメディアや電話、郵便、コンピュータのデータ通信、講演、ビデオパッケージなど広範にわたるメディアを対象に国内の情報通信量を調査するものだが、1996年度と2006年度を比較すると、選択可能情報量、すなわち1年間で消費者に選択可能な形で提供された情報の総量は約532倍に上っているという。ちなみに消費者が実際に受け取った消費情報量は約65倍になっている。消費者が溢れるほどの情報の洪水に取り巻かれる中、顧みられないまま打ち捨てられる情報が膨大な量にのぼっているということである。
カリフォルニア大学の調査によると、人類が誕生してから2000年までに産み出した知的資産の総和は12エクサバイト(10の18乗バイト)だが、2006年一年で161エクサバイトに達したという。まさに情報大爆発時代の到来である。言うまでもなくこの数字は年を追ってますます膨れ上がっている。
情報大爆発の中、マスメディアの地位が相対的に低下していくことは当然である。しかしマスメディアはインターネットの成長への対応に乗り遅れた。自らのメディアへの愛着やトップ層のデジタルメディアへの理解不足もあろうが、大きな要因となったのは2005年の堀江貴文ライブドアグループによるニッポン放送買収事件である。
2月8日ライブドアグループは市場外取引によりニッポン放送株を取得し、取得済み株式と併せ、株式の35%を保有する筆頭株主に躍り出た。ニッポン放送は当時フジテレビの筆頭株主であり、フジテレビはフジサンケイグループの盟主であることから、日本を代表するメディアグループが一IT企業に支配されかねない事態となった。ライブドアの挑戦を受けて立ったフジテレビは2か月以上にわたる死闘を繰り広げた末、4月18日にライブドアグループが所有するニッポン放送株式全て譲り受けることで和解した。
さらに同年10月。楽天はTBSの発行済み株式の15%以上を取得し、共同持株会社化を通じた経営統合を申し入れた。TBSは唐突ともいえるこの動きに強く反発。楽天経営統合の申し入れを取り下げ、両社で業務提携委員会を発足させることで一応の和解を見たが、業務提携の動きは具体的には進まず、対立構造を抱えたまま膠着状態が続くこととなった。
これと別に1996年にはソフトバンク孫正義が、オーストラリアのメディア王、ルパート・マードックと組んで、成功しなかったもののテレビ朝日敵対的買収を試みたこともある。
このように、IT業界からのマスメディア買収の動きが相次ぐ中、旧来のマスメディアからみてネットメディアは反発すべき対象であった。若手社員の中にインターネットに関心を持つものは徐々に増え始めていたものの、経営層の抱いたトラウマゆえか、企業としてはインターネットと距離を置いた経営が続いた。
民放テレビがこうした状況に危機感を抱いたのは2008年である。オリンピックは視聴率も広告費も多く獲得するテレビにとってのキラーコンテンツであったが、この年に開かれた北京オリンピックは、視聴率、広告費ともに期待を下回ってしまった。
直後の2008年9月リーマンショックが起こる。今後の広告費の伸びは期待できないと考えた民放各社は2011年に予定されている地上デジタル放送にかかる経費が膨大であることも勘案し、経営戦略の練り直しを迫られた。コスト削減と新たな収益源の模索がその柱である。
在京キー局はそれまで年間制作費として平均1200億円程度を支出していたが、2009年度は軒並み1000億円程度に削減された。これにより大物タレントは敬遠され、若手お笑いタレントがテレビ画面を席捲することとなる。時代劇は制作費がかかると敬遠され、スタジオのセットに雛壇を作れば成立するバラエティ番組だらけとなる。また、3時間や4時間の番組が増加し、再放送番組も珍しくなくなった。
新たな収益源として、映画製作や不動産業など他業種への進出も拡がる中、インターネットと放送の融合も具体的課題として浮上した。
こうした努力もあり、テレビ広告費の低減は小幅にとどまり何とか持ちこたえた。しかし、新聞、雑誌、ラジオはそうはいかない、広告費は右肩下がりとなり経営環境は日を追って低迷の度を加える。

東日本大震災で潮目が変わった
テレビ各局が本格的にインターネットを活用する節目となったのが2011年に起きた東日本大震災である。NHKの番組を個人がそのままインターネットに流したり、被災地のラジオ局がインターネットでサイマル放送を行うなど、さまざまな試みが見られた。
この時のツイッターの影響は大きい。それまでツイッターは、フォローしあう同士で対話することに力点を置かれていたが、被災地の行政や政府機関が関連情報をツイッターを通じて発信することより、対話よりもむしろ情報発信メディアとしての性格を色濃くした。
テレビや新聞各社もこれを契機に軒並みツイッターのアカウントを開設し、リアルタイムの情報発信に力を入れた。これ以降ツイッターの発言を番組に取り上げたり、ネット番組に本格進出するなどの動きが顕在化した。マスメディアももはやソーシャルメディアを無視することは許されなくなったのである。
東日本大震災は生活者の意識変化をもたらし、絆をキーワードに生活者は人とのつながりに価値を見出しはじめた。この心理にフィットしたのがSNSである。
それまでツイッターが担っていた友人同士の対話の機能は、たまたま2011年初めから日本で普及し始めたフェイスブックがとってかわった。
2004年のスタート時点はハーバード大学の学生であったマーク・ザッカ―バーグは、26歳にしてタイム誌により2010年のパーソンオブザイヤ―に選出された。2011年初頭に彼をモデルとした映画が公開されたたこともあり、急激に利用者数を増やし、それまで日本のSNSをリードしていたミクシィにとって代わることとなる。
また、東日本大震災を契機に開発が始まったLINEは、2012年ごろから急速に普及したスマートフォンとの相性も良く、瞬く間に高校生大学生を中心に支持を集めていった。

■広報業務の担い手
以前からのウェブサイト、ブログ、ユーチューブに加え、ツイッターフェイスブックは多くの企業が広報ツールとして活用するようになった。ソーシャルメディア利用に熱心なローソンは、2014年末で26種のソーシャルメディアで展開している。
インターネットスタート当初、広報担当部署とIT担当部署が協力し、社内の関係セクションの協力を得つつ業務を運営することが一般的であった。
ソーシャルメディアの利用が広がると、外部のサービスを利用するため、技術的な困難さは軽減することから、むしろコンテンツ創造能力やユーザーとの対話能力、危機管理能力などネットカルチャーの理解度が問われることになる。
企業は広報担当部署にネットリテラシーの高いスタッフを配し専門性を向上させることを目指すようになった。
一方、PRエージェンシーを見ても、伝統的エージェンシーの他にネット専門エージェンシーが2000年代に入り数多く生まれた。必然的に伝統的エージェンシーもネットリテラシー能力の向上が求められるようになった。また、広告会社も隣接領域であったインターネット広報に取り組み始めた。さらに、インターネットのサービスプロバイダもこの領域に参入し、また著名ブロガーも企業に対しコンサルティングを展開するなど、インターネット広報はさまざまなバックグラウンドを有する多様なプレイヤーに支えられる状況となった。こうして、広報、広告、マーケティングは徐々にその差異が薄れていった。

■広報と広告の融合
毎年6月にフランスのカンヌで、「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル」が開かれる。かつて「カンヌ国際広告祭」として知られていたこのイベントは、今やPRを含む13部門にわたり、前年度の作品を審査する業界最大のコンペティションとなっている。カンヌで広報キャンペーンの未来を指し示したのは、2009年にPR、サイバー、ダイレクトの3部門でグランプリに輝いた、クイーンズランド州観光局の「世界で一番すばらしい仕事」であった、グレートバリアリーフに浮かぶハミルトン島という小島で半年間暮らし、その模様をブログに投稿すれば日本円で1000万円弱の報酬が得られるという募集企画は、破格な条件に応募者が殺到し、ソーシャルメディアはもちろん、マスメディアでも広く取り上げられ、世界的な話題となった。ソーシャルメディアとマスメディア、広告と広報の複合的な展開がこれまでなかったインパクトと広がりを生み出すことを実証したのだ。
これ以降、キャンペーンにソーシャルメディアの広報をどう効率的に組み込むかがクリエーターにとって必須のテーマとなった。テレビCMのダンスをまねしたダンスをユーチューブに投稿し、もっともアクセスを集めた応募者に賞金を与える、2009年の「ロッテ Fit's ダンスコンテスト」。AKB48の人気アイドル6名の顔やプロフィールを合成した架空アイドル江口愛実を登場させた2011年の江崎グリコの「アイスの実」のプロモーションは、ソーシャルメディアでの話題の拡散を成功につなげたキャンペーンといえる。

ステルスマーケティング
インターネットによる話題の増殖は、キャンペーンの効果を高める一方、企業にとってはリスクともなりかねない。
1999年に起きた「東芝クレーマー事件」は、リスクの側面を気づかせた最初の事件だった。東芝製ビデオデッキを購入したユーザーが製品に不備があるとして修理を依頼したが、サービス担当セクションをたらいまわしにされたあげく、クレーマーとみなされ担当者との電話で暴言を浴びせられたのが発端であった。たまたまこの音声を録音していたユーザーは、音源を自身のホームページにアップロードし、東芝に対する抗議を行った。この音声が強烈な印象を与えたことで、ネットではいくつかの掲示板で話題が沸騰していた。東芝が法的措置に訴えたことを契機にマスメディアにも取り上げられ、広く一般にも知られるようになり、関係するウェブサイトにはアクセスが集中した。発火点であるユーザーのサイトは閉鎖までにアクセスが1000万に昇った。最終的には東芝の副社長がユーザーに直接謝罪し一応の決着を見たが、一個人が大企業に対しインターネットを武器に異議を申し立てることが効果的であることを証明する結果となった。
掲示板サイトの「2チャンネル」は、この事件の直前に開設したばかりでこの事件では脇役にすぎなかったが、これを契機に「インターネット告発」の中核サイトとして急成長を遂げる。
インターネット告発やそれに伴うアクセスの集中や批判的コメントの増加は「炎上」と呼ばれ、企業にとっての新たな脅威となった。
2003年にトヨタのCM表現に問題があるとして中国国内で問題化したり、ソニーウォークマンのキャンペーンの一環であるユーザーブログが「やらせ」であると批判され、開設3日で閉鎖に追い込まれるなどの事件が相次いだ。
企業は、検索により早期に事態を把握したり、問題記事を削除する外部のサービスを導入し対策を取ることが求められるようになった。とはいえ、削除によって問題が解決するわけではない。インターネットによって社員が匿名で自社を告発するケースも増加しており、企業行動そのものを律しなければ批判を免れることはできない。ガバナンスを確立し、コンプライアンスを順守することを社会はインターネットを通じて企業に求めたるのである。
2011年正月、グル―ポンで購入したおせち料理が、見本の写真と全く異なる粗末なものであった問題。2012年にはグルメサイト「食べログ」の評価について、裏で金銭で操作する業者の存在が発覚した問題。2013年には複数の芸能人がオークション詐欺サイトの広告塔として虚偽のブログ記事を掲出していた問題など、相次いて企業姿勢が問われることとなった。
このように、企業がその正体を明かさず、第三者を装って自社に有利な情報を流そうとする行為を、レーダーに捉えにくいステルス戦闘機をもじって「ステルスマーケティング」と呼ぶ。
2009年に発足したインターネット広報の業界団体WOMマーケティング協議会はガイドラインを定め、「関係性明示の原則」として企業から何らかの金銭・物品・サービス等の提供を受けた時は、その関係性を明示すべきと提唱し、これが業界の共通認識となりつつあるが、その会員は数多くの業者を網羅するには至っておらず、ステルスマーケティングは存在し続けている。今後の原則の浸透が待たれるところである。

■書き換わるメディア地図
新しいメディアの登場と成長は、旧来のメディアに影響を与えざるを得ない。テレビの登場により、ラジオは茶の間の主役の座を退き、深夜放送や運転中に聞く「ながらメディア」に活路を見出した。それまで茶の間のみんなに語りかけていたラジオは、受験生やドライバーに「きみ」「あなた」と呼び掛けるパーソナルメディアに変貌した。
テレビ以前の娯楽の王者だった映画は、今上天皇ご成婚の前年の1958年に11億人以上を動員したことをピークにテレビにその王座を奪われ、わずか5年で入場者数は半分以下になった。その後、テレビ局が製作に参加し積極的に番宣を行うなどの相乗効果もあって、動員数は回復しないが、興行収入は飛躍的に伸びている。明らかに映画のビジネスモデルは変わったのだ。
このように、新しいメディアの登場はメディア全体の地図を書き換えるのである。インターネットの登場はマスメディアに大きなインパクトを与えている。新聞を例に取れば、学生層で新聞を定期購読する層は激減し、彼らは新聞記事をヤフーやLINEを通じて無料で読んでいる。これにより読売新聞の購読者数はかつての1000万部を大きく割り込んだ。必然的に広告も集まりづらくなり、購読料、広告料の二大収入源が揃って減収に追い込まれた。
新聞の論調は、かつては言論空間でアジェンダセッティングの機能を果たしたが、いま、ネット内の識者がそれぞれの見解を披歴し、新聞は相対的に影響力を薄めた。2014年、朝日新聞従軍慰安婦問題と福島原発報道の記事取り消しにより、大きな批判にさらされた。
これまで、記者クラブなど主要情報源にアクセスできることから、新聞こそが世論をリードするとの自負が、ネット論調により反撃を受けた結果とみなすことのできるだろう。
いま新聞に必要なことは、自身のビジネスモデルの再構築であると考えられる。ワシントンタイムスを買収した、アマゾン創業者ジェフ・ベゾスは地方紙との提携を進め、自社の記事の購読者を広げるとともに、記事の形態を変え、アマゾンのサイトでも読める短い記事と、ブックレットで購読できる長文の記事とのメリハリをつけ、新たなコンテンツ流通のチャネル開発を志向しているようだ。
朝日新聞批判の波に乗り、競合紙は朝日新聞からの購読者奪取に血道をあげているかに見えるが、自社が生み出すコンテンツの価値をいかに向上させ、どう収益に結び付けるかという本質的な努力を怠ると、朝日新聞にとどまらない新聞メディアそのものの弔鐘を聴くことになりかねない。
新聞以外のメディアもまた、ひとしくこの事態に直面している。テレビ、ラジオ、雑誌だけではない、インターネットもまた例外ではありえない。
スマートフォンは2012年以来急成長を遂げ、タブレット端末とともにいまやどこでもつながり(ユビキタス)どこへも持ち運びできる(ウェアラブル)コンピュータへと進化した。デスクトップやノートパソコンの地位は今後脅かされることになろう。
地殻変動は終わっていない。広報がメディアと密接な立場にあることを考えれば、広報のあり方も今後激変するだろう。
日本における広報・PRの百年は、次の百年に向けての大変動の序章に過ぎないのである。

古川柳研究の意義

古川柳研究は、文学的価値もさることながら、江戸期の社会、風俗、文化、流行、考え方を知る手がかりとして大きな意味を持った。
昭和15年ごろの父の日記からは、研究が進むにつれ、江戸の暮らしの実相が鮮やかに浮かび上がってくる感激が読み取れる。近世文学がまともな国文学の研究領域としては認知されていなかった当時にあっては、宝の山を見出した思いだったのだろう。
父は江戸前の握りずしの淵源を調べている。握りずしはいうまでもなく、江戸末期に現れた食べ物だ。
すしのめし妖術という身でにぎり   (柳多留108) 
を文政9年の句に発見し、初出がここまで遡れることを証明した 。
寿司を握る手の形が、忍術使いが結ぶ印の形に似ていることを取り上げており、押し寿司や馴れずしではなく握り寿司に違いないということである。
併せて浮世絵における握りずしの初出も発見している。装丁に使われているものがそれだ。
大学時代の私は、運転手としてよく父の調査につき合わされた。東京堂出版の「江戸川柳辞典」「江戸文学地名辞典」「江戸切絵図」などを編纂しているころで、谷中や両国の名所旧跡やお寺にいっては石碑や墓碑銘を丹念に調べていた。
このような古川柳を起点とした重層的、多角的なアプローチにより、江戸期の庶民の生活や風俗がリアルに浮かび上がってきたのだろう。
昭和61年に父が逝ってから四半世紀を超えた。父の蔵書は最後に教鞭をとった大妻女子大学の図書館に「浜田義一郎文庫」としてお引き受けいただいた。

戦後の古川柳研究会

戦後になると、王子の製紙博物館が会議室を提供してくれ、ここで古川柳研究会の定例会が毎月開かれるようになる。
出征に際し家業を閉じた父は、戦後は出版社や化学会社の経営に携わるなど紆余曲折を重ねた末、昭和28年46歳にして東洋大学に専任ポストを得、以降、国文学者として戦後設立された近世文学会と古川柳研究会とを足場に研究活動を進めることになる。
研究会の進行は、予め定められた礎講者が句の解釈を披瀝し、参加者と討論するという形式だった。
この形式は、研究会だけでなく古川柳研究では大正の頃よりひろく採用されていたらしい。至文堂刊の「柳多留輪講初編」や岩波から出た「誹風柳多留拾遺輪講」はいずれも礎講者の解釈に輪講者が郵送でそれぞれの意見を開陳しつつ巡回させる輪講方式でまとめられている。

多士済々の仲間たち

戦中戦後の古川柳研究会には、後に名を成す多士済々のユニークなメンバーが集まっていた。
点描してみよう。山路閑古は共立女子大の化学の先生。川柳を坂井久良岐、俳句を虚子に学んだ文人でもあった。その閑古と三高同窓の比企蝉人は東京学芸大の化学の先生。化学者を意味するセミスト(=舎密人)から柳号をとっている。末摘花など破礼句で知られる岡田甫は市井の研究者。逓信官吏練習所出身の大村沙華は後に東京貿易通信社長。杉本柳汀は高校の先生。山沢碌々は外科のお医者さん。富士野鞍馬は川柳番傘同人としても高名。田中蘭子は三ノ輪のメガネ屋さん。いうまでもなく柳号は乱視のもじりである。専門の文学研究者では、父の妹を娶った吉田精一も参加している。