古川柳研究会への参加

大学を卒業する三日前にその父を失った義一郎は、心ならずも家業のノート屋を継ぎつつ、大学の非常勤講師や専門誌への寄稿などを重ね、江戸文学研究を続けていた。
菩提寺過去帳で6代まで遡れる江戸っ子の末裔であることを誇りとしていた父の研究領域は川柳、狂歌黄表紙、洒落本などの軟派江戸文芸。中でも大田蜀山人が中心だった。
それだけに、ライフスタイルも常日頃江戸っ子らしい洒脱さを心がけていた。また酒を愛し肴にもこだわりを持つ人だった。
そんな父の活動拠点のひとつとなったのが誕生したばかりの古川柳研究会。
中学の仲間であり、東大の卒論として初めて川柳を取り上げたという杉本柳汀に誘われての参加だった。父の日記では昭和17年5月22日の第16回例会とある。
戦時中の古川柳研究会はメンバーの自宅で開かれていたようで、日記によると、拙宅でも二回までは会場の提供を確認できる。

求められる戦略的視点

このように見てくると、地域ブランドをどのように築いていくかは合併自治体共通の課題であり、そこには民間企業と同様に、戦略性が求められるだろう。
では、企業の合併と自治体の合併とは同日に論じられるものなのだろうか。
両者の差異を詳細に語る紙幅はないが、大きな相違点は企業の合併が経済的合理性に基づく「マーケットの論理」と、経営者の主体的意思を尊重する「ヒエラルキーの論理」とに立脚するのに対し、自治体はまず住民の意志を尊重する「コミュニティの論理」が根本にあり、それに加えて「マーケットの論理」を考慮すべきという点にある。
具体的に事例を挙げよう。大学での同僚で、地域デザインを研究している鈴木輝隆教授によると、66年に長野市に併合された旧松代町は、真田十万石の城下町だが、真田家別邸のある史跡公園の観光客用公衆トイレ設置の陳情から完成までに10年を要したという。
いかに合併により大きな人口を擁しようと、微細に見れば地域や産業といったそれぞれは等身大の小さなコミュニティの集積として合併自治体が存在しているという事実をおろそかにしてはならないのではないかと思う。
他方、ブランドは受け手の視点で検討されるべきということを踏まえれば、市民だけでなく域外の消費者や生活者の抱くイメージを重視すべきである。
すなわち、ひとりひとりの市民のミクロの視点と、広く全国からのマクロの視点を併せ持つことが、合併にあたっての地域ブランド戦略の検討には重要であると思う。
日本広報協会「Net de コラム」原稿http://www.koho.or.jp/columns/net_de_column/index.html

自治体合併とブランディング

最近の自治体合併をその名称で見る限り、「新潟市」や「静岡市」のように、中心となる都市の名称を継続するケース、「さいたま市」や「南アルプス市」のように新しい名称を採用するケース、「由利本荘市」や「いちき串木野市」のように旧来の都市名を合成したケースとがあるようだ。
最近、新潟県長岡市を訪れたが、魚市場で有名な寺泊も、栃尾揚げの栃尾も、地震被害の山古志も長岡市の一部となっていることに驚いた。われわれ情報の受け手サイドが抱いている、山本五十六を生んだ「長岡ブランド」は大きく認識を変えなければならないようだ。
私は現在さいたま市に居住している。01年に浦和・大宮・与野の3市を統合し、その後岩槻市を併合して今日に至っているが、さいたま市民の一体感の形成も、市外からの認知もいま一歩の感がある。サッカーを見ても、浦和にはレッズが、大宮にはアルティージャが存在している。
地域間競争の側面でも、市民のプライドを強めるためにも「さいたま市ブランド」の構築が、これからの課題だろう。

民間企業にみる合併ブランド戦略

私は民間企業の合併に伴うブランディングやCIをこれまでいくつか手がけてきた。
その際、つねに問題となったのは、これまで築きあげてきたブランド資産を継承するのか、それとも全く新しいブランドを作り上げるのかだ。
そしてその戦略方向は、名称に端的に現れる。
銀行の合併に例をとれば、興銀と第一勧銀と富士銀行の3行が合併した「みずほ銀行」は全く新しいブランドを志向し、「三井住友銀行」は母体両行のブランド資産を受け継ぎつつさらに発展させようとの意思を読み取ることができる。あるいは、かつて住友銀行が平和相互銀行を吸収し「住友銀行」のまま営業を継続したケースもある。
百貨店業界を見ると、「三越」と「伊勢丹」も、「大丸」と「松坂屋」も、「そごう」と「西武」も、「阪急」と「阪神」も、いずれも経営統合しても、店名の変更は行っていない。
このようにみてくると、民間企業では合併に当たってのブランド戦略は大きな経営課題であることが理解できる。

平成の大合併

このところ、地域ブランドをテーマに各地を廻っている。気がつくのは、平成の大合併により、日本地図が大きく塗り替えられていることだ。
小学校で地理を学んで以来積み上げてきた土地鑑を作り直す必要がありそうだ。
平成16年度の半ばまでは3000を超えていたわが国の市町村数は、既に1800を割り込んでいる。
少子高齢化が進展する中、今後見込まれる地方分権の受け皿である基礎自治体の体質強化と、地域経営の発想とが行政に根付いて行くとすれば歓迎すべきことかもしれないが、実際に担当されている自治体の職員諸氏はさぞやご苦労なこととご同情申し上げる次第である。

ところで、ブランド論の立場から自治体合併を見ると、そこにはプラスとマイナスとが存在する。
ブランド論の原点を改めて指摘するのも面映いが、ブランドの要諦は、①ブランドの中身をしっかりと作りこみそれを的確に生活者にコミュニケートすること、②送り手の立場ではなく受け手の立場から考えること、である。
地域の特色ある特産品を磨き上げ、全国に情報発信することで地域間競争に勝ち抜くためには一定程度の規模・能力が必要なことから、自治体合併はプラスに作用するだろう。
他方、新しい名称が生活者から認知されなかったり、合併により伝統ある名前が消えてしまった場合は、ゼロからのスタートが求められる。