【経過】

放火犯は脳卒中で失職し,失語症脳梗塞,右半身麻痺の症状を呈し,「脳病変障害2級」の認定を受けている56歳の元タクシー運転手.「死にたい」が口癖だったという.
9時53分ごろ,放火犯は,乗車していた1079号列車が中央路駅に停車するのとほぼ同時に,持っていたペットボトル2本に入ったガソリンと思われる引火性物質にライターで着火.まず,放火犯自身の着衣と座席シートに火がつき,急速に延焼し始めた.乗客は直ちに避難を開始した.
火災が発生した場合,対向車線の列車は運転を停止し入線しない,もしくは火災発生現場をノンストップで通過することが鉄道運行の鉄則である.大邱広域市地下鉄公社の場合,各列車は公社本部にある総合司令チームと無線電話でつながっており,緊急時には総合司令チームが管制を行うことになっている.しかし,運行全体を管制すべき総合司令チームは,現場の状況を把握できなかったため,付近の列車の運転停止命令を怠り,発火から約3分を経過した9時56分45秒,反対線ホームに対向の1080列車が入線する.
この地下鉄のシステムでは駅到着と同時に自動的にドアが開く.火災を認知した対向列車の運転士は類焼を避け発車しようと,乗客が乗降中のドアを手動で閉めた.直後に動力源である電力が列車・駅舎ともダウンしたため発車できず,火災はこの対向列車にも飛び火した.
対向列車の運転士は,総合司令チームの管制を受けようと指示を仰ぐが,総合司令チームは状況を把握できず,意志の疎通ができぬまま5分間を空費する.
対向列車の運転士は,火の手と黒煙にパニック状態になり10時2分に乗降ドアを閉めたまま運転室から脱出したが,その際,列車のマスターキーを引き抜いている.
この運転システムではマスターキーを抜くと運転室にあるドア開閉コックが機能しなくなる上,非常用バッテリーも作動しなくなる.これにより対向列車の乗客は燃え盛る車中に取り残されることになった.対向列車6両のうち2両では,たまたま乗客として乗り合わせた鉄道庁や地下鉄公社の職員が座席下のコックを操作し非常ドアを開けることに成功した.
対向列車乗客の多くが逃げ遅れ,火災とそれに伴う煙や有毒ガスの犠牲となった.2月27日の韓国の国立科学捜査研究所発表によると,対向列車車両内で確認された死者は142体であるという(放火列車内には遺体はなし).これは,対向列車の推定乗客数180人の79%,死者全体の74%にのぼる.50体が駅舎内で収容されているが,ホームの1階上にあたる地下2階改札口付近に多かった.