メディアの地殻変動

急成長するインターネット広告

「2005年日本の広告費」によれば、05年(暦年)の日本の広告費総額は5兆9,625億円という。これは前年比101.8%で、前年に引き続き微増であった。
06年の広告費も、日本経済の景気回復を背景に、サッカーワールドカップなどのスポーツイベントや、ブロードバンドの普及に伴うインターネット広告の伸長が主要因となり、前年比102.1%程度と見込まれ、02年に総額6兆円を割り込んで以来の大台復帰が期待されている。
媒体別に見ていくと、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌のいわゆるマスコミ4媒体の広告費は合計で3兆6,511億円(前年比99.3%)である。これは広告費総額の61.2%を占める。
また、折込、DM、交通広告、屋外広告、電話帳広告などを含むSP広告は、総額1兆9,819億円(前年比101.3%)で、広告費総額に占める構成比は33.3%であった。
一方、487億円と額は小さいものの、衛星メディア関連広告(衛星放送・CATV・文字放送など)は前年比111.7%と2桁の伸びを示した。
さらに、モバイル広告を含むインターネット広告は、2,808億円と前年比154.8%の急成長を遂げ、総広告費の4.7%を占めるに至った。もとより、それぞれ約2兆円の規模を持つテレビ広告とSP広告、また1兆円規模の新聞広告と比較すると、その規模は小さいとは言え、既に04年にはラジオ広告を凌駕していること、06年か遅くとも07年には、4,000億円規模の雑誌広告を抜き去る勢いをもつことを考えると、インターネット広告はマスコミ4媒体広告に伍する存在として、無視し得ぬ規模を備えたと言えるだろう。
インターネット広告の成長は、日本のみに止まらず、先進国を中心としたグローバルな傾向として認めることができる。
ニールセン・メディアリサーチによると、アメリカの広告費総額は前年比104.2%。雑誌以外のマスメディアは前年を割り込んでいるのに対し、インターネット広告は前年比123.3%だった。ちなみに、スペイン語テレビ(116.9%)とCATV(111.0%)は好調に推移している。
イギリスに目を転ずれば、インターネット広告は05年には前年比165.5%の成長を遂げた。06年中には20億ポンド規模(日本円で4,000億円強)に達し、新聞の広告費を上回る可能性があると「ガーディアン」紙は報じている。
中国でも同様にインターネット広告の成長は著しい。さまざまな統計が発表されており、どれに信を置くべきか確証をもてないが、たとえば上海艾瑞市場諮詢公司(アイ・リサーチ)が06年2月14日発表したデータでは、05年のネット広告の市場規模は31億3,000万元(日本円で約460億円)に達し、前年比で177.1%という。

曲がり角の既存マスメディア

インターネット広告の成長を前にして、既存のマス広告はどう変化していくのだろう。
少し時代を遡り、70年以降の媒体別広告費の推移を電通発表資料により辿ってみた。
47年の調査開始以来、一貫して広告の王座に君臨してきた新聞広告がテレビ広告に逆転を許したのが75年。以後、1位「テレビ」、2位「新聞」の順位のまま、この2つのメディアは並行して、バブル崩壊までその広告費を増加させてきた。
しかし、新聞は90年をピークに低迷しはじめ、年による増減を繰り返しつつテレビに水を開けられてゆく。首位を堅持し続けるテレビも、97年に2兆円を超えた後は伸び悩み、以降10年近く2兆円前後で推移している。また、雑誌とラジオの広告費もここ数年、僅かではあるが前年割れを続けている。
一方、96年から集計に加えられたインターネット広告は、当初は伸び悩んでいたものの、2002年ごろから目覚しい上昇カーブを描き始めた。
このグラフから直感的に読み取れるものは、マス広告の成熟傾向とインターネット広告の急成長である。

「マスの終焉」と「CGMの勃興」

思えば、T型フォードの大量生産方式によって幕を開けた20世紀は、「マスの世紀」と形容できるだろう。マスプロダクションにより生み出された日用品はマスセールスにより捌かれ大量に消費されていった。これをマスマーケティングが後押しするというのが、20世紀型経済活動の基本構図だったと言えよう。
しかし、20世紀後半に至りこの構図は崩れ、消費者主権の認識と環境意識の高まりの中、大量生産は多品種少量生産へと姿を変えた。大量消費もリサイクル型消費へと変容しつつある。
20世紀後半にさまざまな領域で「マス」が力を失う現象が相次ぐ中、ただ1つ21世紀にまで生き残った「マス」が「マスメディア」であった。そして、それがまさに今、変革期を迎えようとしている。
さて、消費者のニーズの多様化と、同一ラインで複数の製品の製造を可能とするフレキシブル生産システムの発達とは、生産工程において多品種少量生産方式への移行を促した。
同様に、情報に対する生活者ニーズは多様化の一途をたどり、インターネットを始めとするIT技術の発展は、ターゲット層それぞれのニーズに合ったコンテンツのやり取りを可能にしている。旧来の少数の情報を広範囲に伝播する、マスメディアによる大量伝達方式は限界に直面しているのではないか。「多種情報少量伝達方式」が力を持ち始めているのではないか。
スポーツを考えてみよう。日本人のほとんどがプロ野球と大相撲に関心を集中した時代は終わり、メジャーリーグ・ベースボール(MLB)、サッカーのセリエAK−1など各種格闘技、ヨットのアメリカズカップ、自転車のツールドフランスそしてカーリングと、さまざまな種目への関心が高まっている。このような生活者の興味・関心対象の広がりを、マスメディアが掬いきれないことは明らかである。
加えて、従来マスメディアからの情報を受信する一方であった生活者は、インターネットという武器を持ち、自ら情報を発信し始めている。
これまでにも、個人が情報を発信する個人ホームページは存在したが、HTML文法やファイルアップロードなどの知識が必要なことから、発信者は一部マニアに止まっていた。
しかしブログやSNS(Social Networking Site)の普及により、Eメールを扱う程度の知識さえあれば誰もが容易に情報を発信できるようになった。
一部マスメディアが独占的に情報を発信する時代からさまざまな主体が相互に受発信する時代に変わりはじめている。また、インターネットは閲覧者がコメントを書き込んだりする対話機能を備えていることから、「多種情報少量伝達方式」ではなく「多種情報少量対話方式」と言い換えるべきかもしれない。さらに「少量」は限定ターゲットと解釈できるので、「多種情報少ターゲット対話方式」がマスメディアによる「大量伝達方式」に取って代わるべきコミュニケーションのスタイルと考えられる。
総務省は05年5月に「ブログ・SNSの現状分析及び将来予測」を発表し、05年3月末に335万人だったブログ開設者は、06年3月末に621万人に達すると予測した。しかし、同省は06年4月13日に、06年3月末の開設者は868万人であったと上方修正した。当初予測を39.8%上回ったことになる。前年比259%の急成長である。
ブログを始め、個人ホームページ・SNS掲示板など、インターネットを使い個人が情報発信するメディアは、CGM(Consumer Generated Media)と呼ばれる。
総務省の06年4月の発表では、ブログ開設者868万人の他に、SNSの登録者は716万人であるとされている。インターネットユーザーのうち、CGMで積極的に情報発信している層はいまだ少数とはいえ、アクティブなインターネットユーザーが多いことから、その影響力は無視し得ない。