関サバにみるブランドの条件

それでは、なぜ、以前と比べると10倍、品質の近似している岬サバと比べても2倍のプレミアム価格を発生させることができたのか。関サバの事例を踏まえ、ブランドの特質を一般化してみたいと思います。
先程ご紹介した岬サバという名前を聞いたことのある人、ちょっと挙手願います。
あ、何人かいらっしゃいますね。
しかし、岬サバという名前を、今日はじめて聞いた方も多いようです。
愛媛県の三崎漁協は、懸命な努力で岬サバブランドを構築しようとしていますが、まだ充分には浸透していないようです。
岬サバをご存じなかった人にとっては、ブランドではなかったともいえるでしょう。
我々が、関サバや、岬サバをおいしい高級魚と認識したときに初めてブランドが成立するわけです。
ブランドを人、物、金、情報につづく第五の経営資源であるという言い方をする方もいらっしゃいます。人、物、金、情報はいずれも企業内部に蓄積されますが、ブランド資源だけは、顧客の頭の中に蓄積されるわけです。
ウォルター・ランドーというアメリカのブランド専門家は、「商品は工場でできるが、ブランドは顧客の頭の中にできる」といっています。
この単純な事実に目をそむけたがための失敗例が1985年のコカコーラです。
同社は、コークの味を全面変更し、これまでのコークは製造中止にすると発表したことがありました。
この発表は全米中にパニックを引き起こします。いままでの味のコークにこだわりを持つコークファンはこの方針に憤り、一斉に在庫商品の買占めに走りました。全米のあちこちのラジオ局で、ディスクジョッキーがこの問題を取り上げ、コカコーラを非難し、アンチコカコーラのプロテストソングも数多く作られました。結局この騒ぎは三ヶ月経たずして、コカコーラ社が方針を撤回し謝罪し、従来のコークをコーククラシック、新しいコークをニューコークという2つの製品ラインを並存させることとし、騒ぎにピリオドをうちました。
この騒ぎの教訓は何でしょう。
コカコーラ社の経営者は、コークの味もブランドも、コカコーラ社のものだと思っていました。ところが、大騒ぎになって気づかざるを得なかったのは、コークは、コカコーラ社のものであると同時に、それを愛している顧客のものでもある、という当たり前の事実でした。
ルイヴィトンのバッグは、最初スチュワーデスに熱烈に支持されました。
デザインセンスが優れているだけでなく、乱暴に扱っても壊れない、縫いがしっかりしているわけです。
つまり、ルイヴィトン社は、多少手荒に使っても壊れない、優れたデザインのバッグを提供するいう、ある種の約束を顧客に対してしていると考えられます。他方、顧客はルイヴィトンに対し、めったには壊れないおしゃれなバッグを期待している。
企業と顧客との間に、丈夫でおしゃれなルイヴィトン、という認識が共有されています。これを「ブランドプロミス」と呼びますが、ブランドプロミスを介して出来あがった企業と顧客との信頼感こそがブランドの真髄といえるでしょう。
すぐに壊れるバッグを出したとたん、ルイヴィトンのブランドは崩壊します。
関サバの場合、新鮮でおいしいというのがブランドプロミスです。
つまり、二番目のポイントとしては、企業と顧客との相互関係の中から、ブランドプロミスが生まれ、この共通認識がブランドの実体なのだということです。
三番目のポイントとしては、ブランドはただ単にイメージ戦略だけで出来るのではないということです。
ルイヴィトンの場合はデザインセンスと丈夫な縫製が、関サバの場合は鮮度を保つための品質管理の徹底がその根底に厳然と存在するのです。
魅力のない商品は、いかに広告で美辞麗句を並べ立てたとしても、ブランドにはなりません。
逆に、いかに商品がすばらしかろうと、それをちゃんと伝えていかなければ、これまたブランドにはなりません。
東大経済学部の片平秀貴教授は日本を代表するブランド研究者です。彼が、NHKのプロジェクトXはブランド作りの失敗事例の集まりだといいます。
私なども、プロジェクトXを見て、年甲斐もなく涙することがあります。
感動的な努力と、すばらしい結果を持ちながら、プロジェクトXに取り上げられるエピソードの多くを私たちは知らずに過してきました。企業もそれをちゃんと消費者に伝える努力を怠ったといえるでしょう。大変にもったいない話しです。
すばらしい商品があり、その背景には感動的なエピソードがある。それをちゃんと社会に伝えていけば、ブランドとして育っていく筈でございます。
すなわち、実体と、イメージ。この二つが合わさって、ブランドが形成されるということが三つ目のポイントです。
次に、顧客の立場から見たときに、ブランドはどのように作られていくのかについて考えてみましょう。
顧客の認識ができるプロセスで、エクスペリエンスつまり経験が大事だということが、今さかんに言われています。
例えば、関サバについての情報がテレビや雑誌、あるいはインターネット等を通じ、顧客にもたらされます。この段階では、単なる知識にすぎません。これに加え、実際に関サバをたべてみて「あ、本当だ」と感じ、愛着を持ったときにブランドが出来上がるわけです。
テレビのCFで「スカっとさわやかコカコーラ」というメッセージが発信されていたのを覚えていらっしゃるでしょう。
例えばスポーツの後、あるいは湯上りに、コークをゴクっと飲んで、スカっとした経験が、このメッセージと合致したとき、メッセージがリアリティをもって受け止められ、ブランドが生まれます。
この経験を提供することは容易なことではありません。まず、コークの味は重要な要素です。それだけでなく、自動販売機の温度調整機能をメンテナンスし、常に最適温度で提供することや、その自動販売機に商品を補充するスタッフの、きびきびした動作もまた重要な要素といえるでしょう。
すなわち、「すかっとさわやかコカコーラ」というブランド認識を作るためには、味はもちろんのこと、様々なサービス、広告の表現、社員の行動など、顧客とコカコーラとの接点のすべてでの経験を統合する必要があるのです。そして、これを実現するためには、企業経営そのものをブランド構築に向けベクトルを合わせる必要があるということもご理解いただけるでしょう。
以上、これまで申し上げてきたブランドの特質を整理してみましょう。
1) まず、ブランドは顧客の頭の中に存在するということを申し上げました。
2) 次に、ブランドの実体は、企業と顧客の相互関係で生まれるプロミスだという点です。
3) そして、実体とイメージの2つの要素が不可欠と申し上げました。
4) 最後に、ブランドを作るためには顧客との接点でのエクスペリエンスが重要であるということをご説明しました。