ブランド論の発展

先程も佐藤先生から、「最近ブランド論が盛んだけれども、何故なのか」とのご発言がありました。
「ブランド」ということばそのものは、昔から存在していたわけですが、その言葉に新しい意味づけを与え、今日のブランド論隆盛の口火を切ったのが、デビット・A・アーカーというカルフォルニア大学バークレイ校の教授でございます。
彼のブランドエクイティ論が、今のブランドブームの源流になっています。
80年代のアメリカというのは、今と違ってきわめて景気が悪うございました。
アメリカはレーガンの時代。双子の赤字に見舞われ、大変に厳しい状況でした。
一方、日本はバブル景気に浮かれ、日本的経営が大いに称揚される中、当時の日本の経営者がアメリカの経営を批判するというときに、必ず言ったのが、アメリカの経営は近視眼的であるという点でした。常に、四半期ごとの利益ばかり追求して、長期的な視点が欠落しているのではないか。これが日本の経営者や学者からのアメリカ経営批判でございました。
その時代にデビット・アーカーも、同じような疑問を抱いていました。
例えば売上高を経営の最重要指標とする企業がある、あるいは利潤を指標とする企業もある。それ以外に、長期的視点に立った効果的指標は存在しないのかという問題意識です。業績好調な企業をいろいろと調べていく中で、売り上げや利益だけでなく、ブランド価値をものさしとする企業群が存在することに気づき注目したのです。それがブランドエクイティ論でありました。
その企業群の代表として、プロクター&ギャンブル(P&G)をあげることができるでしょう。ご承知のようにP&Gは、マックスファクターやSKⅡをはじめとする化粧品から、パンパースなどの紙製品、ジョイやアリエールなどの洗剤、プリングルズのポテトチップスやペットフードのアイムスなど、広汎な家庭用品をグローバルに提供している会社です。
P&Gが新しい商品を出す時には、新発売のときの売り上げや利益はさほど考慮しません。ブランド名と特性を短期間に周知させるために、圧倒的なテレビ広告を投入し、時には大量な試供品を配布します。
そこで出来上がったブランドの認識、これをエクイティ(既得価値)といいますが、このブランドエクイティを、売り上げや収益に勝るものさしとして重視するわけです。
ブランドエクイティが高まれば、販売量も利益も増え、結果的に収益を生み出すというのがP&Gの経営スタイルだといえるでしょう。
ブランドエクイティは企業にとり、利益を生み出し、次ぎの発展を生み出す源泉であり、経営の指標として重視すべきだというのが、デビッド・アーカーの主張であったわけでございます。
アーカーのブランド・エクイティ論は日本でも違和感無く受け止められました。長期の消費低迷の中、袋小路に入った日本のマーケティングにとり、時代を切り開く突破口との期待を持たれたのです。
日本のマーケティングの変遷を簡単に振り返ってみましょう。
70年代。技術革新に後押しされ、さまざまな新商品が市場に登場しました。家電製品や食料品など新しいコンセプトの商品は、そのまま、人々の暮らしをより豊かにすることに役立ちました。そうした中で、マーケティングは何を考えていたのか、と言うと、メーカーが消費者の購買心理をいかに刺激するかが主たる関心事でした。
消費者は企業の提供する商品を先を争って購入しました。新しいカップラーメンが発売され、テレビCMが流れると、一定量が必ず売れました。「刺激のマーケティング」の時代といえます。
そして、ブランドは消費者の購買動機を刺激する記号でした。
80年代に入り、消費市場も飽和状態になります。テレビ広告で刺激しても、荷動きははかばかしくありません。消費者が自分にあった商品を選ぶ時代に入ったのです。「選択のマーケティング」の時代といえるでしょう。商品選択の主導権は企業から消費者に移りました。
そのときに、消費者が選考の指標としたのがブランドです。
さらに90年代。完全に主導権を握ったのは顧客です。ただでさえ消費が低迷する中、企業は消費者との強固な関係を構築しようと努力を傾けます。
新しい顧客を獲得するよりも、既存顧客をつなぎとめることのほうが容易であり、コストも低いことが解ってきました。顧客との間にインタラクティブな関係を作る事、顧客にその企業を好きになってもらうことが戦略目標になりました。
企業と顧客を結ぶ絆を強固にするため、企業が顧客に提供する価値を明確にし、顧客の期待を喚起する。つまり、前にお話した「ブランドプロミス」をしっかり打ち立て、その実現のために企業の行動を統合していこうする考え方が主流になってきたわけです。
ブランドは企業と顧客との関係の証ということになります。

今年の一月に日本経済新聞の広告局が企業の宣伝部長を対象にアンケートをした結果を見ますと、広告活動で何に注目しているのかという設問への答えは、コーポレートブランドを高めるが56%。企業イメージの向上が42%。商品のブランドの向上が38%。
企業が顧客を取り込むために、ブランドというキーワードに注目している傾向が顕著です。
また、2000年以降、ブランド部とか、ブランドマネージメント部、ブランド戦略部など、大企業にもブランド担当の組織がどんどん生まれています。
ここで、ブランドに期待し注目する企業サイドの要因を整理してみましょう。
ひとつは、「良いものをどんどん安く」というビジネスモデルがある種の限界を迎え、「ほかにないものを適正価格で」というオンリーワンのビジネスモデルへの転換の必然性が顕在化してきたということだと私は捉えています。
中国をはじめとするアジア各国の生産能力がここへきて著しい高まりを見せています。良いものを安くという価格競争だと、日本のような人件費の高い国が勝つことは困難です。ブランドの価値を高め、特色を活かしたオンリーワン戦略に転換しないと、いたずらなデフレスパイラルの競争に巻き込まれかねないという危機感が、このアンケート結果に示されていると思います。
グローバル化の進展への対応がその背景に存在することも間違いありません。
マツダのコマーシャルフィルム見ると、冒頭にマイカ君という男の子が顔出してズームズームといっております。アメリカでも、あのマイカくんのズームズームを飽きるほど放映しています。市場が国際化する中で、世界共通のマツダブランドをどうつくるか、ということが課題となっているのです。
最後に、従来にも増して顧客の存在感が大きくなってきたということがあげられると思います。
戦後ずーっと日本の発展の牽引力は企業の活力でした。ところが、21世紀に入り、むしろ顧客の方がマーケットにおけるイニシアティブを取るようになってきました。
私はこの傾向を、「企業イニシアチブから顧客イニシアチブへ」と表現しています。となると企業は、顧客に立脚し、顧客からスタートした経営に転換しなければならなくなってきたと思います。従来の企業は、企業の勝手な思いこみで経営をしていた傾向を否定できません。
それでは、顧客主導の経営に転換しようとするとき、どのような経営手法があるのでしょうか。
例えばカスタマーサティスファクション(CS)。あるいはサプライチェーンマネジメント。
さらに、カスタマー・リレーションシップ・マネージメント(CRM)。意外なことに、顧客主導の経営手法は、あまり多くはありません。
この状況の中、顧客主導で企業と顧客との関係性をマネジメントする手法として、ブランドが注目されたわけです。
マッキンゼー、ボストンコンサルティングアクセンチュア、デロイトトーマツなど、経営コンサルタントや会計コンサルタント、あるいはわれわれのような広告会社、その他さまざまな領域からブランドコンサルティングビジネスへの参入がさかんですが、この背景にはこのような状況があるのです。