中国経済の拡大と逆風の中の日本企業

中国の経済が高度成長を続けています。しかし中国の発展が脆弱な面を併せ持っていることもまた事実です。例えば三農問題(農業・農村・農民の疲弊)は深刻です。このため多くの人口が都市部に流出し、“民工”と呼ばれる低賃金労働力として、中国の生産力を支えています。
しかし、都市に行っても必ずしも職があるわけではなく、失業は大変大きな問題になってきています。また所得格差の問題や、あるいは自動車増加による環境問題、エネルギー確保の問題も深刻になりはじめています。さらに政権幹部やその子弟による汚職や腐敗の現実も伝わってきます。こうした矛盾を内包しながら急速に成長しているのが現在の状況です。
消費量の面で見ると新中間層の台頭に注目すべきでしょう。中国の階層別人口構成のグラフをみてみましょう。一番多いのが農業就労者階層ですが、この農業人口が都市に出てきて、二次産業に吸収されると産業労働力階層になり、三次産業に吸収されるとサービス就労者層になります。一方、党や政府の幹部、国営企業の経営者などの一握りの雲の上の富裕層が存在しています。その間に“新中間層”と呼ばれる新たな階層が姿を現してきました。現在1億人(16%)といわれているこの新中間層がこれから年に1%増加し、2020年には全人口の35〜40%になるといわれています。この消費力のある新しい層をどうグリップするかというのがマーケティング上の大きな課題になっています。
中国国民の日本企業に対する意識を見てみましょう。1995年から2000年ごろまでというのは、大変に日本、特に技術に対する信頼度も高かったのですが、2000年あたりを境に日本嫌いの比率が高まっています。
1998年の中国における外資企業の広告量をグラフでみると、ベストテン中7社が日本企業でした。しかし2000年ぐらいから相次いで欧米系の外資が進出してきました。また、中国の現地の会社も非常に存在感を高めました。中国で最も尊敬される企業という調査の2004年版の結果を見ると、日本企業から唯一、広州のホンダ1社が入っただけでした。日本企業の中国における存在感の低下、あるいは日本に対する好意が減少してきているという状況です。
そうした中で、一般の国民からの外資に対する評価は低下傾向にあり、逆に外資批判の風が吹き始めています。05年4月の反日デモでは、アサヒビールや味の素などいくつかの会社が批判の的になったことは記憶に新しいことですが。ナイキやネスレなどの欧米企業もそれぞれ批判にさらされました。また04年にはトヨタ日本ペイントのテレビCMが槍玉に挙げられるなど、リスク対応を無視できない経営環境になっています。

変貌する中国のメディア

メディアもこの5〜10年で大激変しています。20年前は150紙に過ぎなかった日刊紙が今では2000紙を超え、雑誌もどんどん増えています。テレビはすでに3500チャンネル、CATVも大変普及しています。四川省重慶では2003年にCATVがサービスを開始した途端、99.1%の家庭に普及するなど、テレビは極めて一般的なメディアになってきています。(ACニールセン03年基礎レポート)
そのため消費行動へのメディアの影響を調べて見ると、テレビを参考にするという消費者は56.1%と非常に高い影響力を持っています。特にテレビのみに依存している国民は3割といわれています。インターネットも最近非常に伸びてますます盛んになってきます。同じ調査で見ると、ネットの影響力は18.1%とテレビの1/3に過ぎませんが、新聞の12.3%をしのぎ、第2位のメディアに成長しています。特に、前に申し上げた新中間層へのインターネットの影響力は無視できません。(中国インターネット協会04年1月)
ネットマーケティングはもしかするとアメリカよりも進んでいるかもしれないという事で、アメリカはずいぶん中国におけるネットマーケティングを参考にしているようです。
インターネット人口は1億人で、普及率にすると10%未満ですが、1億人という数字そのものはアメリカに次ぐ世界第2のインターネット大国です。日本には「2ちゃんねる」のようなサイトもありますが、中国は政府のコントロールが非常に厳しく、江沢民の子息である江綿康の指揮の元「金盾工程」と呼ばれる障壁を設けて海外と繋がりにくくしていると言われています。現代版のサイバー万里の長城です。
【新浪網(SINA)】はアクセス数世界第6位です。この他にも【YAHOO!】【捜狐(Sohu)】などいくつかのポータルサイトが成長してきて、新中間層の人たちが参考にしています。先日の反日デモの時は、上海の話では携帯メールに政府からの「明日のデモに参加するな」というメールが個人の携帯に入ってきたそうです。政府はインターネットをコントロールしようとしていますが、それが政府への反発にもつながるという大変微妙なところがあり、随分悩んでいるようです。

新聞に見る商業化の発展

「人民日報」というのは党の宣伝のための機関紙でした。ところがそうした新聞に対しても民営化して独立採算にしろという声が出てきました。そこで伝統ある新聞社は新しい題字で新聞を刊行し、それがどんどん売れています。結果的に党の公式的な事しか書いていない「人民日報」の部数は1998年に300万部だったものが今年は100万部を切るだろうと言われています。そのかわりに同社は「京華時報」というタイトルの新聞を発行しており、こちらは発行部数も順調に推移しているようです。
同様に、「北京日報」は「北京晩報」を、上海の「文匯報」は「新民晩報」を、湖北省の「湖北日報」は「楚天都市報」をといった具合にそれぞれが別題字の新聞を発行しています。
別題字の新聞が部数の獲得競争を繰り広げています。これら新しい新聞の編集方針は極めて扇動的な紙面で、日本のワイドショーや週刊誌のようなセンセーショナルな報道姿勢が特徴です。この流れに先鞭をつけたのは北京共産党青年部の発行する「北京青年報」ですが、同紙がお手本にしたは日本の「東スポ」だという説も、あながち根拠の無い話ではないようです。
また中国では全国紙がほとんどなく地方紙が中心ですが、著作権意識に乏しく、他の新聞に出た面白い記事を遠慮も断りも無く転載します。その結果インターネットの掲示板に出たような信憑性の低い記事もどんどん地方の新聞に転載される構造がすでに出来上がっています。
別題字での展開、センセーショナルな報道姿勢とならんで、新聞の部数競争に影響を与える3番目の要素は宅配制度です。日本では宅配制度の存続は大きな問題ですが、中国においてはまさに始まったばかりのサービスです。先陣を切った「広州日報」の成功に刺激され、先ほどご紹介した「北京青年報」が追随し、これを契機に各紙が宅配制度に踏み切りました。日本と異なり、専売制度は存在せず、例えば上海では2社の宅配専門業者が各紙から受託し各戸配布を行っているようです。
最後に新聞の成長を左右する要素として広告のことについて触れましょう。
四川省全体をカバーする新聞として「華西都市報」があります。部数は約70万部でその半分が省都である成都で購読されています。一方、成都のみを販売エリアとする新聞に60万部の販売部数をもつ「成都商報」があります。
中国で新聞広告の最大のソースは不動産広告です。不動産の私有が認められマンションの取得がブームとなっているのです。
都市部のマンションの広告を掲載するとき、四川省全域を対象とするより都市部にターゲットを絞り込んだほうが効率がいいことは申すまでもないでしょう。この結果、北海道大学渡辺浩平助教授のデータによると「成都商報」が広告を4億元売り上げているのに対し、「華西都市報」の広告収入は3億元にとどまっています。
このように、中国の新聞はまるで三国志のような激烈な競争を繰り広げていますが、「反日ネタ」が部数競争の格好の素材だということがご理解いただけるでしょう。

中国での広告・PR活動

ここ15年ほど、中国の広告費は目覚しい伸びを示しています。1991年の広告費を100とすると2002年のそれは2573。なんと25倍以上にふくれあがったことになります。同じ期間のGDPの伸びは5倍強に過ぎません。広告費の構成比を見るとテレビ・新聞を筆頭にしたマス広告が46%、屋外広告が17%、残りの37%がPR及びSPです。
PRに絞って考えると、中国国際公共広告協会のデータでは04年の業界規模は前年比136%で45億元(約600億円)とされています。
日本のPR業界の規模についてのしっかりした数字は存在していませんが、450〜500億円というのが妥当なところでしょう。すなわち、中国のPR業は既にして日本の規模を上回ったということです。
2000年以降欧米の外資系エージェンシーがあいついで中国進出を果たし、一方、現地系のエージェンシーも着実に力を付け始め、日本や欧米に支社を設けるエージェンシーも登場しました。しかるに、日系のエージェンシーの本格進出は僅かにプラップのみという状況で、奇妙な空白が生まれています。日系進出企業が日系のエージェンシーのサービスを受けられず、不祥事の発生するたびに立ちすくんでしまうというのが、残念ながら現状です。
加えて、クライアントの側もPRへの理解が乏しく、意思決定はすべて東京に握られているがゆえきめ細かで迅速な対応がなしえず、予算も無いことから、まっとうな日本企業のPR活動がなされていないという状況にあります。
ただでさえ、政治的対話が滞り、国民の中に反日の空気が瀰漫する状況の中で危うい状態だといわざるを得ません。そのため、「中国青年報」にはこんな論評も登場します。
「中国人の日本人に対する感情は、大変複雑かつ懐疑的である。したがって欧米企業と比べ日本企業は中国においてなおさらPR活動をする必要がある。しかし残念なことに、日本企業は中国におけるPRの認識が欠如している。」(01年12月20日)

中国でのPR実務

中国でのメディアリレーションズはどのように考えればいいのでしょう。
中国には記者クラブが無い為、常に新しいやり方をしなければなりません。たとえ記事になってもならなくても「プレスの招待会」を極めて頻繁に開き、日本円で3,000〜5,000円くらいの紅包(お車代)を記者に払って来てもらいます。
日本の場合では新聞は、早く記事にしなくてはなりませんが、中国ではあまり即時性を重視しません。また一人で取材に行くとよりもグループ取材を好む傾向にあります。
中国のPR会社は、新聞や雑誌に露出を保証することが通常です。したがって、記事掲載がなかった場合には広告でそれを補います。これにより広告と広報を一体化したシームレスな展開を求められるのが中国の特徴です。
中国の辺境に赴くと、コカコーラのことを学校を意味する言葉と受け止めている人が多数いるという笑い話のような話があります。
中国の辺境・貧困地域における未就学児童の教育を援助する「希望工程」と名付けられたプロジェクトがあります。日本からも多くの企業やNPOがこのプロジェクトを援助していますが、コカコーラは1993年以来老兄で3000万元の寄付を行い、既に52の小学校と100以上の図書館を寄贈し、6万人のこどもたちの就学を援助した結果、希望工程といえばコカコーラという認知を築き上げているのです。
このようなCSR活動の展開は今後ますます重要になるでしょう。オムロンも大学との共同開発プロジェクトや大連マラソンの協賛、中国各界とのトップの交流、中国語手話のスタンダードの整備、市民活動の援助など、派手ではなくとも重要な活動を着実に進めています。
現地に企業市民として迎え入れられるためにはこのような地道な努力が重要であります。
一方、マーケティング活動を考えた場合は、広告だけにとどまらず、広報・SP・WEB・店舗・CSR活動などを組み合わせたトータルキャンペーンが重要です。
中国ではいま消費者の権利を重視するようになりました。3月15日の「消費者の日」にはテレビの生放送で視聴者から企業批判を受け付ける番組があります。仮にそこで名前が出てしまうと当然問い合わせがきます。みんなの前で名前が出てしまったわけですから緊急の対応を図らなくてはいけません。このような危機管理には万全の備えをする必要があるでしょう。特にインターネット論調はつねに目配りが必要です。
党や地方政府との連携を密にし、それぞれの地域できめ細かな対応をすることも重要です。
このように、中国でなすべきPR活動は多岐にわたることを考えれば、日本企業も、日本のPR業界も、一刻も早く体制整備を進めるべきです。


(「評判づくり研究会」での、2005年9月14日の講演記録を加筆編集しました。)